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たかが学歴、されど学歴5~高卒で社会に出るか、大学へ行くかの分水嶺

ここのところ書いている「たかが学歴、されど学歴」ですが、今回は高卒で社会に出るか、大学へ行くかについてです。

<参考記事>
「たかが学歴、されど学歴1」(2021/03/28)
「たかが学歴、されど学歴2~社会に出たら学歴なんて関係ない(但し我が子を除く)」(2021/03/30)
「たかが学歴、されど学歴3~学歴フィルターで語られる学歴」(2021/03/31)
「たかが学歴、されど学歴4~人生の少しをドブに捨てる自由」(2021/04/03)

正直な話こんなものは各人の自由なので、第三者が「高卒の方がいい」とか「大学に行くべき」なんて言うのは間が抜けている。
しかしその「間が抜けている」ことを一所懸命考えるのがこのブログなので、続けますよ。

さてこの場合問題になるのは、進学する大学のレベルである。
※難関大学や医学部などの合格通知を反故にして高卒で働き始めるケースは余りにも希少なので、ここでは俎上にあげない。

以前俺は「奨学金借りてF欄の大学なんか行くなら高卒で働いた方がいい、のか?」(2019/12/21)という記事の中で、たとえ奨学金500万借りても、たとえF欄でも大学に行った方が良い、と書いた。

その結論は今でも変わらないけど、もし「勉強なんて嫌!」で「社畜になっても働く方が良い!」というなら、無理して大学なんか行くこともない。
なんでもいいから、それこそ派遣でもアルバイトでも形態に拘らずに働くべきだろう。
もちろん正社員になるのが先々のことを考えれば一番良いのだが。
※「先々のことを考えれば一番良い」ことを既に選択肢から外している状態でこんなこと書くのもおかしいな。

さらに言えば、「働くのは嫌!」でも「受験勉強はもっと嫌!」というのなら、専門学校に進学するもっともらしい言い訳を考えておくべきだ。
「働くのは嫌だけど受験勉強もしたくないから、どこかの専門学校に行きたい」というたわ言が通用するなら、別に好きにしていいけど、どうかね?
こればかりは家庭ごとに違ってくるから何とも言えんなあ。

結論めいたことを書くと、
・どれだけ受験勉強を受容できるか
・どれだけ大学に行かずに働くことにハードルを下げられるか
・どれだけ専門学校にいく合理的な理由を形成できるか

にかかってくる。

但し言うまでもないことだが、少しでも「学歴」を畏怖するにしろ軽蔑するにしろ有難がるにしろ、意識するのなら、大学は行っておいた方が良い。
実を言えば、皆が皆大学へ行くと日本の社会は回らなくなるかも知れないのだが、そんなことはどうでもいい。
しょせん国の行く末なんて、キミの将来に比べたら些末なことだ。

それでも「大学なんて行かない」というなら、その考えは尊重されるべきだし、キミが大学に行かなければ、その分大学に行ける人が増えるかもしれない。


ああ、そうそう、大学に進学しない合理的な理由として、成功するビジネスモデルを抱えている場合、というものがある。
稀なケースだが、こういう人は大学に行く前に起業した方が良いだろう。
行きたくなったら大学に行けばいいのだ。

そして何しろこういう人は、学歴にコンプレックスなんか持たないだろう。


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コメント

分かっちゃいるけど学費がね( ´-`)

 私の親の時代は高卒で入社すると1年間学校通わされてがっつり勉強させられたらしいから条件が違うんですよねぇ~。昔は中卒でも電験3種とか職業訓練指導員とかの資格が取れたみたいだし、家だって500万くらいで建てられた。だから学歴コンプレックスを持ちながらも、娘の教育にカネをかけようなどとは全く思わなかったんでしょうね。

 私も公立の中高を卒業していたら子を私立の一貫校に行かせようなんて思わなかったし、大学行ってなかったら専門学校でもいいんじゃねとか思っていたかもしれません。でもね、私もそうだけど文系は大学と専門学校と同時に通う子が多かったし、それなりのスキルを持ってる社会人も通ってましたからねぇ。今の段階では大学行かずに専門学校だけって選択は無いかな。
 
 中国みたいに大学のほとんどが国公立で学費は4年間で二万元(34万円)。とかなら“鬼”とか言われても迷わず猛勉強させるんですケドね(笑)
*外国人の場合は倍額以上になるらしいけどそれでも安い。だから中華国籍の子は北京大学の医学部とか行っちゃうんだろうなぁと思います。

No title

今 NHKで 「コロナで学費を払えず 大学中退」とニュースになっている。  切ない

 オラが経営者だったら積極的に採用するけどニャ

 日本の場合、「地頭」を求めている企業も多い。 知能指数と置き換えてもいい。 大学で遊んでいてもいい、どうせ会社で鍛えてやる。地頭採用だ。  オラの会社もそんな感じだ。

 そういう採用枠が増えるといいのに

※ありていにいえば「偏差値60以上で中退の人」を採用するのだ

No title

今の教育に必要なのは、世界共通でもあるstem。
もう一つはこの国では影が薄い哲学でしょうか。
別に如何に生きるべきかといった狭い範囲ではなく
物の本質や制度のあり方を突き詰め、常に考える
ということです。日本は科学技術を導入したけど
科学哲学には思いを致さなかった。
フランスの中等教育が未だにギリシャ哲学に固執
するのも、この哲学が物や制度の本質を追及するから
なのだと思います。
だから文理問わず基本的な理数科目と語学と哲学を
全国の大学で必須入試科目にというのが儚い夢では
あります。
 長くなりましたが、哲学する人wを増やすために
大学の学費無償化や低減を政策にしてほしい。
 哲学といっても彼の国のように易姓革命の色合いを
残すのは問題ではありますが。

No title

全然関係ないですが昔 理学部では・・

生物に入ると化学を学び
化学に入ると物理を学び
物理に入ると数学を学び
数学に入ると哲学を学ぶ

と言われていた・・・

※真偽はともかくこういう 昔の格言?ってよくできている

No title

Phesperidesさまにワタシも激しく同意いたします

いいですねstem。+aだともっといい(^^)
科学哲学。宗教ではない科学哲学、ギリシャ哲学。
あるといいですねぇ。必要だろうと思います。

技術導入に走った日本にHOWはあれど、
WHYが根付かない理由になってる気がします。

明治期の先人が技術導入をと先端技術へ目が行ったこと
時代背景をおもえば致し方ありませんが、
欠損したまま21世紀に突っ込んでいくのは
とても危険なきがします。

アメリカの技術暴走も根底に似たものがある気がします
ギリシャの破綻も不思議だにゃん。

文化的に無理ならば、
せめてせめて、大学は総合大学であってほしい。
せめてせめて、別キャンパスでなく同キャンパスで
せめてせめて、交流があってほしい
小さく小さく願う次第です。

私もPhesperidesさんやしゃちほこさんに賛成です。

JGさんが2019/09/20の記事で某大学の某キ○リアデザイ○学部をとりあげられた際に、同学部のホームページから「学生の1週間スケジュール」などを見て、「薄いな」と感じたことを思い出しました。

大学時代ろくに勉強せず、最近の大学の様子も知らず、ぼんやりと生きている私が申す資格はないですが(遠くでチコちゃんが私に向かって「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叫ぶ声が聞こえる)、
表層的なことを薄くべったり学ぶよりも、Phesperidesさんが仰るように物や制度の本質を深く掘るという経験をしておいたほうが、結局のところ社会に出たときに役立つような気がしますがどうでしょう。

※なお、薄くべったり学ぶこと自体が悪いとは考えておらず、ある物事を深掘りしつつそれと同時に他の物事を広く知っておくことも有益だと思っており、この意味では私はリベラルアーツも大切だと考えています。

 共和国の科学館には子供のための講座の他に“大人が楽しむ科学講座”みたいなものがあります。後者の参加資格は中学生以上ですが実際は小学生が参加する事も参加も可能でした。首都圏近郊は大学や研究所の無料講座などもたくさんあって庶民の子でも科学や物理を学べる機会が多くあります。
 実験は一人じゃ出来ないものが多いので上記のような講座ではたいてい初対面の子達とチームやペアを組みます。
 つまり精神的にまだまだ未熟な子供達がチームワークを学ぶ場にもなっているのです。
 けれども(県庁所在地を除く)田舎はそんな風景をTVやYouTubeで見るだけです。まぁ最近はコロナ騒動で首都圏近郊でも楽しみにしていた講座やオープンキャンパスが続々とWeb講座に切り替えられちゃってるんですけどね。
 私的にはWeb講座の普及で地方の子が有利になったのではなく、都会の子も不利になっただけじゃないのか?と感じます。

 ちなみに、国とハローワークの調査によれば盛岡市民の平均年収は3,167,017円。ところが岩手町あたりまで行くと2,432,046円になってしまう。
 “東北の貧しい田舎町から都会の大学へ”なぁんて夢を見れたのはバブルのあの一瞬だけだったのではないかなぁとずっと思っています。

*ド田舎で熟女を正社員として雇用してくれる会社なんて希だし最新の最低賃金でも793円ですからね、共稼ぎならなんとかなるかっていうとそうでもないんですよ。
 そう言えばスマートメーターになって1件40円の電気検針の仕事も無くなっちゃったんですよね。

No title

私自身、哲学に関して全く無知なのですが、我が国において哲学の存在感が薄いのは、中等教育で独立した科目でなく、社会科の中の一科目の中の更に一部としてしか扱われておらず、しかもそこで哲学的な思考を学ぶでもなく、単なる哲学史、的な暗記科目だからでしょう。

東大でも哲学科はウン十年前は進振りで底抜けの常連だった記憶が有ります。ネットに2008年から2016年の底点の情報が有りましたが、底点が60点を超えることは無かったようです。

内政でも外交でも、哲学的な思考により研ぎ澄まされた言葉を使えることは極めて重要であり、だからこそエリートは哲学を中等教育、高等教育でしっかり学ぶべきと思うのですが、「沈黙は金」「男は黙って〇〇・・・」など尊いという空気のある我が国では、叶わぬ夢なのでしょうか。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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