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東大合格者クロニクル9(1986-1990)~東大も京大も、ああもうむちゃくちゃだよ

東大合格者数クロニクルの第9弾です。

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※数字の後ろのカッコは、順位の前年比を表しています。
※今回も『東大合格高校盛衰史』(小林哲夫)を参考にしています。

【1986年】
01.開成高 162(--)
02.灘高校 122(--)
03.学芸附 102(△1)
04.筑駒場  98(△3)
05.麻布高  97(--)
06.ラサール 87(▼3)
07.栄光学園 74(△1)
08.武蔵高  73(▼2)
09.桐朋高  64(△4)
10.筑波附  59(--)

西部の驍将、桐朋初のベスト10入り。
桐蔭学園が13位(49人)に。18位→17位ときて、順調にランクを上げてきた。最後の東大合格者100名超校である。(2020年現在)
浦高が姿を消し、ついにベスト10すべてが中学受験実施校となった。
公立がいなくなった背景を、小林哲夫は「学区制にあり」と解説する。
それは確かにそうなのだろうが、それを読んだり聞いたりするたびに、結局は「どれだけ優秀な生徒を集められるか」という問題なのだと思う。
そしてその優秀な生徒を、優秀なまま卒業させられるのか。

実際には多くの学校が、優秀なまま卒業させるのに失敗しているのだが。
偏差値の高い生徒を偏差値の高い大学に送り込むことは、はたで言うよりずっと難しいのだ。

《俺情報》
この年レンタルレコード店で、それまでのレコードだけでなくCDのレンタルが解禁となった。
これによって俺のミュージック生活はずっと幅が広がった。
しかし……後でよく考えてみると、なあんか、この頃から、ミュージックを大切に聞かなくなったような気がするんだよなあ。


【1987年】
01.開成高 141(--)
02.灘高校 131(--)
03.ラサール 115(△3)
04.学芸附  96(▼1)
05.筑駒場  81(▼1)
06.武蔵高  79(△2)
07.麻布高  75(▼2)
08.栄光学園 71(▼1)
09.甲陽学院 57(△12)
10.筑波附  56(--)
10.洛星高  56(△14)

甲陽だとか洛星だとか、「おや?」という関西の難関がランクインしてきた。東大寺もこの年21位。
これはこの年から導入された、国立大学入試のA日程とB日程が原因である。
これは国立大学で2校受けることができる、すなわち合格を2つとって選ぶことができるというもの。
実際に京大に合格したのち、東大を受験した生徒がたくさんいた。

まあ、この短い文章を読んだだけでも大変なことが起きたのだろうと想像できる。
そして想像通り、大変なことがたくさん起きた。

1.倍率が急騰
国立大学全体で前年の2倍にあたる、約7倍の競争倍率となった。
これは当然のことだろう。2校受けられるのであれば、余程のことがなければ2校受ける。
でもきっちり2倍程度になるとは、みんな考えがマジメだなあ。

2.足切りの大量発生
そりゃあ倍率が急騰したらそうなるわな。
でも実質倍率は変わらなかったのだから、本当にダメな奴だけが足切りされたのかな?

3.京都大学で定員割れ発生
京大合格者が東大を受けるので、おそらく京大を袖にする合格者が出てくるであろう。
京大はそう考え、理学部などは40%以上も多く合格者を出したのだが、それでも61人も定員に足りなかった。
東大・京大ダブル合格者1500人のうち、80%が東大を選んだとのこと。
今ならどれくらいかな?

4.京大合格上位校の東大合格ランクイン
そんなわけで、関西の京大ランキング常連校が、東大の方にも顔をのぞかせたワケ。

ちなみに入学手続き直前、追加合格者を出さないとまずいと京大は考えた。
そこで東大と連携して、追加合格者を決める作戦を決行。
その名も「誰が受かったのか教えてFAX作戦」
まず京大は追加合格予定者で、東大を受験した生徒の名簿を東大にFAXで送信。
東大はその名簿から入学手続した生徒をチェックして、京大にFAXで送信。
その送り返されたFAXを見て、京大が追加合格者を決定して連絡を取ったんだそうな。

いろいろな意味で、今では考えられない。

《俺情報》
この年映画『アンタッチャブル』を観る。大傑作。
カポネをデ・ニーロが演じるというので、本来ならば全部デ・ニーロが持っていくところだが、実際はケビン・コスナー、ショーン・コネリー、アンディ・ガルシア、チャールズ・マーティン・スミスのインパクトが最後まで強く残る。
一緒に見た友人が観終えた後「上等なステーキを食ったような満足感」と評した。至言である。
但し俺も友人も、上等なステーキなど縁のない生活をしていたが。

アンタッチャブル
※写真右端にいるのがチャールズ・マーティン・スミス。知ってる?知らない?
『アメリカン・グラフィティ』で、メガネをかけドジで不器用なハイ・スクールの学生を演じてたんだけど、覚えてる人いるかなあ。俺、好きなんだよね。

【1988年】
01.開成高 162(--)
02.灘高校 130(--)
03.学芸附 115(△1)
04.ラサール 96(▼1)
05.栄光学園 78(△3)
06.武蔵高  77(--)
07.筑駒場  73(▼2)
08.麻布高  72(▼1)
09.洛星高  66(△1)
10.東大寺  63(△11)

5年連続10位の筑附、遂に墜つ(14位55人)。
昭和最後の東大入試も1987年同様A日程B日程入試。
そしてこれが昨年とは全く違う悲喜劇を生んでしまう。

今回のトラブルの主は東京大学。
なんと今度は東大が追加合格者をバンバン出すことになった。
何故か。

1987年に東大は529人の水増し合格を出した。
「京大に行く奴もいるから、これぐらい多めに出しておかないといけないだろうなあ」と思ったのか。
ところがフタを開けてみれば、辞退者は292人。定員が200人も超えてしまったので、教育施設が足りなくて大混乱した。
それを教訓に1988年、東大は水増しを377人にとどめたのだが、今度は予想以上に入学辞退者が続出してしまったわけ。
手続きを締めきったら、理1で64人、理2で38人足らなかった。

それにしても東大を蹴って京大に行くのかねえ。いくら関西でもさ。

《俺情報》
この年の暮れ、「このミステリーがすごい」(JICC出版局)が発売される。
この本によって、俺の読書人生は大きく変わる。だって内外のめっちゃ面白いミステリが何十冊も紹介されてるんだもの!
寝る時間が大幅に減ったのもこの頃。
ちなみに当時のトップ3は下記の作品。
<日本>
1.伝説なき地(船戸与一)
2.そして夜は甦る(原尞)
3.黄昏のベルリン(連城三紀彦)
<海外>
1.夢果つる街(トレヴェニアン)
2.推定無罪(スコット・トゥロー)
3.死の味(P・D・ジェイムズ)
3.北壁の死闘(ボブ・ラングレー(英語版))


【1989年】
01.開成高 167(--)
02.学芸附 113(△1)
03.灘高校 102(▼1)
04.麻布高  94(△4)
05.ラサール 92(▼1)
06.筑駒場  75(△1)
07.筑波附  66(△7)
08.桐蔭学園 65(△8)
09.武蔵高  63(▼3)
10.栄光学園 62(▼5)

分離分割方式の導入で、東大京大W合格がガクンと減る。まあ普通になったわけだ。
ちなみにこの年が最後の共通一次。翌年からはセンター試験になる。
平成最初の東大入試8位に桐蔭学園、登場。
この年の女子合格者は437人。もちろん過去最高。桜蔭53人、学芸大附36人、お茶大附24人、女子学院16人、筑附12人、雙葉10人、フェリス10人。

《俺情報》
昭和天皇崩御の時は、友人宅で麻雀を打っていた。
週明けから始まる後期試験の算段を兼ねての麻雀大会だった。
途中で「おい、天皇死んだぞ」と誰かが言って、テレビをつけた。
天皇が死ぬと喪に服す意味でテレビは1日中白黒になる、と言ってたやつがいたが、テレビはカラーで崩御を伝えた。

ちなみに手塚治虫が死んだのも、天安門事件が起きたのも、ベルリンの壁が崩壊したのも、日経平均株価が史上最高値の38,957円44銭(同日終値38,915円87銭)を記録したのもこの年。


【1990年】
01.開成高 167(--)
02.灘高校 113(△1)
03.桐蔭学園102(△5)
04.学芸附  94(▼2)
05.筑駒場  92(△1)
06.麻布高  75(▼2)
07.栄光学園 66(△3)
08.武蔵高  65(△1)
09.ラサール 63(▼4)
10.県千葉  62(△1)

センター試験元年、ついに来たぜ、県千葉
ちなみにこの年、面白いことが起きている。

中央教育審議会の小委員会に当時の灘校校長(長谷川敏)が呼ばれた。
長谷川氏はヒアリングで「悪平等を排除し、個性重視の教育、一人ひとりに差のある教育を行うことが非常に大事」と発言。
それに委員の西尾幹二氏(当時・電気通信大教授)が噛みついた。

・特定の知能、才能を持った者を独占するスタイルが過度に進むと、経済の法則の寡占法則と同じで、一種の独占禁止法でも作って過度独占体制を打破しないとダメ
・一つの高等学校から十人ないし二十人以上の高校生は一つの大学は採ることができないというような、つまり、国家権力の介入を行ったらどうなるか。先生方の学校はお困りになるだろうが、おそらく才能の分散ということは可能になるだろうと思える。

この結果、12月の中央教育審議会の中間報告に次のような文言が記されている。
「一つの高校からある大学に一定数以上入学することを防ぐため、定数の上限を決める」

灘の校長は当然これに反発。
「公教育の力が低下している問題など、もっと目を向ける課題があるはずだ。伸びる者の足を引っ張るだけで実現性があると考えられない。(略)大学も学区制にし、例えば、灘高からは大阪大か神戸大かにしか行けないとした方がまし」

この西尾幹二氏の頭の痛くなるような戯言に言い返すところなど、まあ長谷川校長も真面目だなあ。
西尾氏は自分の言った言葉をよく考えて欲しい。
「特定の知能、才能を持った者を独占するスタイルが過度に進」んだ学校とは、灘や開成のことではない。
どこかと言えば、灘や開成の中でも「特定の知能、才能を持った者を独占」しているのが、東京大学なのだ。
ならば東京大学こそ、独占禁止法でも何でも使って解体すればいいじゃないか。
そうすりゃ灘や開成の優秀な連中は、東大なんて見向きもしなくなるぜ。

西尾氏だけでなく、優秀な若者が灘や開成などに集中することが我慢できない人は、時々いる。
そしてそういう人は、何故かそれが「平等ではない」という理論展開をする。
しかし、「ならば東大こそその本尊なのだから、東大を解体すればいい」というと黙ってしまう。
そんなことをすれば世界から取り残されるのはわかっているんだろう。
せいぜいコップの中の嵐を楽しめばいいさ。

ちなみに灘の校長も「個性重視の教育、一人ひとりに差のある教育を行うことが非常に大事」なんて、歯の浮くようなことを言ってるからスキが生まれるんだ。
日本を代表する超進学校としての覚悟が甘いよ。

「君が代なんか歌わない」「他が共学校化しても関係ない。うちが最後の男子校になる」ぐらいのことを言わないとな。(氷上元麻布校長、柳沢元開成校長)
今回だって「日本だけじゃなく、世界をリードする人材を育てる」ぐらいの天狗さんでよかったのさ。

《俺情報》
ドイツ統一。『マスター・キートン』世代としては、この辺りのヨーロッパの流れが妙に懐かしい。
ローリング・ストーンズとポール・マッカトニーが初来日。あと20年早く来日していれば、伝説になったかもね。

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コメント

No title

 この頃、ひっそりと開校した学校がある。
1986年 渋幕 中学開校(中高一貫開始)
1992年栄東 中学開校(中高一貫開始)

 東大ベスト10に県千葉が入ったこの頃、一体誰が 渋幕>県千葉の未来を予測できただろう。

No title

この頃には 武蔵>麻布 な時も結構あったんだあ。

一緒に塾講師をやっていた後輩が子供の中学受験を迎え・・
今の武蔵の偏差値を見て絶句していた。
正確には絶句ではなく「嘘・・」と言った。

No title

1991年が大学入試だったので、自分の中の進学校イメージはこの時代に影響を受けています。

 中学・高校受験と連続して桐蔭に振られたので、今の凋落ぶりをみると何か複雑です。

 夢果つる街、推定無罪、死の味のトップ3
 
 確かに寝る時間無くなりますよね。世はバブルの時代に、スカッとくる話ではなく、ドスっと胸に残るベスト3なのは興味深いです。

 

戦艦武蔵

>この頃には 武蔵>麻布 な時も結構あったんだあ。

少し数で負けたときでも、率でいえば武蔵の圧勝です。
まあ、当時の武蔵は賢かったですよ。
それに何というか、スマートでしたな。

画期的な雑誌でした

>世はバブルの時代に、スカッとくる話ではなく、ドスっと胸に残るベスト3なのは興味深いです。

ホントですねえ。
あまり景気とは関係ないのかな?

それにしてもこれだけレベルが高く幅広いミステリを、これだけ大量に紹介してくれるとはなんと便利な雑誌か、と感激しました。
広告と関係ないのも良かった。

No title

>この年の暮れ、「このミステリーがすごい」(JICC出版局)が発売される。

この頃 オラは小学生だったか?幼稚園かなあ?   うーん よく覚えていない。
が、  これは「エンタメ小説」を語る上で 避けては通れない大事件だ。

 このミスの影響は、今振り返ると明らかだ。 じっくり分析すればその破壊的な影響力が明らかになる。(つまり この本を出版した人は「革命家」だ。世の中にはこういう偉人?(別に偉くはないか)  うーん、なんというかすごい人がいる)


※オラも自戒を込めていう。
「本物を皆さんに届けたい」
 これが正義だ。  本物だ。 クライアントの要望でもない。スポンサーの意思でもない。 本物なのだ。

え!?本当?

>この頃 オラは小学生だったか?幼稚園かなあ?   うーん よく覚えていない。

え!?本当?幼稚園児?
……なわけないか。

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カトリックと金閣寺

洛星と洛南のことをちょっと調べてみました。
洛星は京都の北端、鹿苑寺(金閣寺)の近くですね。
洛南は京都駅のすぐ南、東寺(教王護国寺)のお隣さんです。

京都は不案内な関東人ですが、毎日そんな有名なお寺の近くを通って学校に行くのは、変な感じですな。
まあ、慣れなんでしょうが。

カトリックと金閣寺というのは、なんというか、相性がよさげに思える。

No title

東大と京大をまともに併願できるという制度は、日本全体のことを考えれば画期的な取り組みだったと思うのですが(87年、88年には、それまでなら地元に留まっていたであろう関西の俊英達が大挙して東大に集ったのですから)、おそらくは京大から泣きが入り、89年以降は実質的には併願が出来なくなりました。

少子化が急速に進む中で学生を分散させれば、優秀な学生の密度は薄まり、全体のレベル低下に繋がります。平成2年には18歳人口が200万人を超えていたのが、30年後の平成32年には117万人と4割以上減少。しかしながら、東大・京大の定員は基本的に横ばいです(正確には、1986年以降、2003年くらいまで、18歳人口の増加を考慮して臨時定員を設けて増加している時期が有りますが)。

入試の競争が緩和する分、一人一人の学生への教育が手厚くなれば良いのですが。

No title

陸宿借さんに同感いたします

今年の出生者数は84万人でしたっけ・・・

リカレントで国民全体を再度学び直しで大学へほり込むか、留学生を集めるか、二択ですかね。学校は相当厳しいでしょうね。あと30年後、高校や大学があるかどうか。

ある本によると文科省内部でも大学統合時代がやってくると発言されてる方いましたので経営統合は進みそうですね。

私は、前者の方がいいと思いまふ。週3日制度労働に変わるみたいだし。国民みんなで賢くなりましょう(^^)

No title

 いいですね。

25歳から35歳の間に日本国民は2年間「学役」に着く義務があるとするのだ。
兵役ではない、学役だ。

義務教育だ。 一旦働いてから自分に何が足りないか自覚して学び直すのだ。
全員、義務教育だから出世競争もキャリア形成も関係ない。 問答無用である。 まあ大学院まで行った人は学役免除でもええけど。

>25歳から35歳の間に日本国民は2年間「学役」に着く義務があるとするのだ。

これはすごく面白いアイデアだなあと思い、私だったら何を学ぼうかと考えたけれど、なかなかこれというものが思いつかない。
20代の若い頃はMBAを取れば仕事上バランスがいいかなぁなどと思った時期もあったけれど、今になってみるとMBAは必要ない。
(一般論としてMBAが役に立たないというのでなく、私にとっての話です)

何を学んだらいいのだろう?
自分の今と将来を考えさせられる、面白く、有意義な思考実験です。

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プロフィール

ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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