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女子の数学の教え方は、男子とはてんで違うらしい

先日、友人宅で遊んでいたら、こんなことがあった。
というか、これは以前の記事「論理クイズ・中高一貫生に挑戦だ!」(2020/10/25)と同じ日、同じ場所での話。

娘さんが父親(つまり俺の友人)に数学の問題を聴いている場面。
友人とその娘の会話。

娘「この問題、解き方がわかんないの、教えて」
父「これはさ、ここに補助線を引いて、こう考えてみな」
娘「なんで、ここに補助線引くの?」
父「こっちに引いてもいいけど、これだと立式がメンドクサイ」
娘「そーじゃなくて、なんで補助線を引くの?」
父「補助線は数学のロマンだから」

父娘戦争が勃発しそうだったので、俺が「まっさんに教えてもらえばいいじゃん」と言ったら

「そーゆーこと言わないの!」

怒る黒猫2
※写真はイメージです。
※「まっさん」とは、「チョー、頭良い。カッコイイ。バスケ部。チョー、カッコイイ」男子とのこと。(娘談)

後でこのシーンが少し引っ掛かった。
というのも、このくだり、どこかで見聞した記憶があったからだ。
それで書棚を漁っていたら、見つけた。
『新・男子校という選択』(おおたとしまさ)

この本の中に桐光学園の話題が出てくる。
男子校の本なのに、なぜ共学校の桐光学園が出てくるかと言えば、あの学校は共学なのに男女別のクラス編成で、男女別々に授業を行う学校だからだ。
つまり男子校と女子校が共存しているようなもの。

桐光学園の教員は男子クラスも女子クラスも持っているが、両方を同じように教えているとうまくいかないらしい。
これに関しておおた氏は次のように書いている。(改行・俺)

特に理数系教科に関しては、女子は細かいステップを刻みながら少しずつ難度を上げていく方法が効く。
所々で「ここまでは大丈夫?」と確認しながら授業を進める。
かなり力のある子でもいったん「わからない」となると最初のステップから振り返らなければならない。


じゃあ男子はどうなのかと言えば、男子に関してはこう書かれている。

しかし同じことを男子のクラスでやると飽きられてしまう。
男子クラスでは、いきなり「これできる?」と挑発するような方法が有効なのだそうだ。

なるほど、これはわかる。
「ゲッ」と思いながらも、とにかく突破口を見つけるべく、鉛筆を動かす。
補助線だって手当たり次第に引っ張るさ。

だが女子は、そういうふうには考えない。
「手あたり次第」などという再現性の乏しい手段は気に入らないようだ。
同じ桐光学園の平良一教諭は次のように語る。

「男子と女子では、ロジックのとらえ方も違うようです。『女子は理数系が苦手』といわれることがありますが、そんなことはないでしょう。理数系教科の教え方が女子用になっていないだけです」

あの黒猫娘にも、階段をひとつひとつ上がるように教えればよかったのだ。
父親たる友人に早速教えてやろう。

※ちなみに『新・男子校という選択』(おおたとしまさ)は、『男子校という選択』の新装版ですが、新たに追加された宮台真司との対談がめっぽう面白いです。


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コメント

No title

ネイティブは文字を読むより先に形で文脈を認識する。(多分)
でないと 映画の字幕などあんなに瞬時に意味を認識できるはずがない。(多分)

 さて、朝起きてスマホ画面でこの記事を読んだ。
オラの老眼の頭脳は記事のタイトルを瞬時に「女子の数字の数え方は、男子とはてんで違うらしい」と認識した。

 誤認識だが、これはこれでありそうな話だ。

娘を持つ私としてはとても興味深い記事です。

ちょうど昨晩、素因数分解を使うパズルを娘と解いていて、娘と私の頭の働きが全く異なっているように感じたものですから、私にとってタイムリーな記事です。
(娘はまだ素因数分解やその一意性などの概念を理解していないので、娘と私との間にはもちろん知識の差がありますが、そういった知識の差では説明できない何かがあるように感じ・・・)

ご紹介の本を読んでみたいと思います。

女子校の場合

>特に理数系教科に関しては、女子は細かいステップを刻みながら少しずつ難度を上げていく方法が効く。
所々で「ここまでは大丈夫?」と確認しながら授業を進める。

→そうです、そうです、そういうやり方でした。全然難しく無い、誰でも分かる所から話をはじめてくれました。
 だから、なんだ全然難しくないじゃん→えっ、てか私ホントは数学できるんじゃん→積分超好きかも♪って、流れになる。

 難しそうに見えるけど、実はそんなに難しくないんだよって、言われた方がやってみようかなって、気持ちになります。

すごくわかります。数学もですが、物理で実感しました。高校物理は簡単なのよ〜という雰囲気の先生で、丁寧に説明してくれたので難しいと感じる間もなかったです。さらに自分でも毎日問題を解いていたところ、順を追って考えれば解けない問題がほとんどないことに気がつきました。

大学生のころは家庭教師で何人もの女子中高生に物理化学数学を教えてきましたが、そんな感じで教えると割と簡単に成績上がりました。すっかり好きになって理系に進む子も多かったです。

No title

blanca 様

 今は女子向け理系教育に従事していらっしゃらないのでしょうか。
もしそうならそれは国家の損失かもしれません。 

個性に合わせた指導法

 愚息君はかつて国語クズ男だった。過去形である。あり得ないほど空気の読めない男だったので・・・こんなことまで教えなきゃ分かんないのかよと思いつつ、いちいち細かく丁寧に説明しながら言葉を教え続けること十数年・・・何と、上位に食い込めるようになってきた。
 国語クズ男から英語クズ男に変わっただけだから、まだまだ“母はお払い箱”まで到達する事はできないのだが・・・仕事が忙し過ぎて面倒みれないから、そろそろ愚息君にも地獄をみてもらおうと思い放置中だ。

 今朝は、ホームセンターでシットアップベンチを2台も購入して腹筋してる夢をみて目が覚めた。朝からめっちゃ疲れてるけど大掃除がまだ終わらない(汗)
 

ハルビンカフェさん、身に余るお言葉ありがとうございます。残念ながら国家を損失させてます。

真面目にいうと、私がというのではなくて、女子の理系科目は、個別指導の効果が高いんだと思います。教えるのが凡庸そうな女性だと、理系ハードルが下がる効果もあるかもしれません。

私は国語はどう教えていいかさっぱりわからない上、我が子相手だと3秒でキレてしまうので、Geminiさんが奇跡の人に見えます。こちらも、ものすごーく需要がありそうです。

No title

国学院久我山も、共学だけど男女別学校。
こういうの、おもろいですね


かつて国語クズ男、今も国語クズ男、未来も国語クズ男の、おじさん&おじいちゃんず旧帝理系生が周辺にごっちゃりおりますが、彼らの思考は歪んでると断言できます。

周辺サンプルなので偏りはありますが、理数には「彼らに理解しやすい方法がある、あったのだ」と確信しちょります


理数系教科の教え方が女子用になっていない

強く共感します。

古代から理数賢者が全員「ゆがんだおっさん」ってのは大きいと思う。
歪んだもの同士、思考がリンクしやすかったのだと思う。

歪んでない子にも受け入れられるように
「教育技術」があがるといいなぁって思ってます(^^)

No title

理数系教科に関しては、女子は細かいステップを刻みながら少しずつ難度を上げていく方法が効く。

これ、障がいのある子にもめっちゃ有効っす

理数は明確な回答が存在するので
「問題を細かいステップに刻む」は
最も向いてるし得意とするところなのに

昔、東工大の工学博士が障がいのある子用に
小学生の算数四則演算を200ほどに細分化し
つまずきパターンを分析してましたが
(あれ、普通の子にもめっちゃ有効なのに)

文科省は採用してくれませんでした( ;∀;)
今はわからんけど・・・。

甘えん坊将軍さんへ

姉妹本に『新・女子校という選択』という本もあります。
ご興味があれば。

blanca様

>国語はどう教えていいかさっぱりわからない上、我が子相手だと3秒でキレてしまうので
→blanca様はきっとお若い母様なのでしょうね。
 国家のお荷物にならぬよう老体(老眼?)にムチ打って働くだけの私にとっては、もう眩しすぎるくらい羨ましいです。

 「感情的になってはいけない」などと言う人もいますが、空気が読めない上に語彙が乏しい子の場合、思いをダイレクトにぶつけないと伝わらない事も多いと思います。
 ケースバイケースなんですよね(苦笑)

>姉妹本に『新・女子校という選択』という本もあります。

JGさん、ご紹介ありがとうございます。
まずは『新・男子校〜』を読了しました。確かに読みどころは宮台さんのインタビューでした。

宮台さん自身が、麻布というシステムの外側に立って麻布を語れているのか? 
いやその語り口自体が、麻布というシステムの内側に絡め取られてしまっているのではないのか?
・・・という彼の絶妙な立ち位置が非常にいいです。

社会についての宮台さんの語りには、共感するところ大でした。短いですが読み応えがありました。

集団授業と個別授業

>ケースバイケースなんですよね(苦笑)

これこそまさに箴言で、教育を考えた場合、「男と女に違いがある」というのはタブーの領域(あるいはスレスレ)なのに、「ひとりひとりに違いがある」はOK。というか、それが推奨される。

じゃあグルーピングが悪いのかと言えば、教育は殆どスコラ的にグルーピングされて行われる。
そのグルーピングを性別で分ければ効果的になると思うのだが、それはタブーに近づいてしまう。

もっと言うと、「ひとりひとりに違いがある」は当然なのだから、集団授業よりも個別授業の方が効果が出やすいと思いきや、実際には難関中学、難関高校、難関大学へ合格している人の殆どは、学校以外の授業以外では個別授業よりも集団授業を選択している。

これは教授法の問題なのか、生徒の意識の問題なのか、はたまた実は個別授業の効果は薄いのか。

No title

「男と女に違いがある」はタブー領域
「ひとりひとりに違いがある」はOK

おもしろい~。たしかに!

集団か個別か?
生か映像か?

個別にはAI先生も参入してきそうですよね
いつか、決着はつくのだろうか・・・?
興味あります(^^)

No title

>集団授業よりも個別授業の方が効果が出やすいと思いきや、実際には難関中学、難関高校、難関大学へ合格している人の殆どは、学校以外の授業以外では個別授業よりも集団授業を選択している。


この問いの解、ワーキングメモリ提唱者アラン・バッドリー(Alan Baddeley)の水中の実験にありやした

ただし、この余白はそれを書くには狭すぎる(^^)

フェルマーめ!

>学校以外の授業以外では個別授業よりも集団授業を選択している。

何かおかしいと思ったら、「以外」がひとつ多いですな。
どっちかひとつを読み落としてもらうと丁度いいです。

>ただし、この余白はそれを書くには狭すぎる(^^)

そこをなんとか。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

ありがとうございます。

No title

>「男と女に違いがある」というのはタブーの領域(あるいはスレスレ)なのに、「ひとりひとりに違いがある」はOK。

個々の生徒と向き合う際には、その生徒の特性を理解してそれに合いそうな指導をすれば良いのですが、集団の生徒に対して1つの授業をするのであれば、教材や、進め方等々、その集団の傾向に合わせざるを得ません。集団の傾向を推し量る上で、学力はもちろんですが、性別(あくまでも、集団、としてみる場合です)は重要なファクターであると思うのですが、それを明示的に述べることは今では攻撃の対象になってしまうようですね。残念なことですが、伝統別学校にあっては、そういう非科学的で浅薄なエセ・ジェンダーフリー的雑言は気にせず、これからも信念を貫いていただきたいと思います。

>実際には難関中学、難関高校、難関大学へ合格している人の殆どは、学校以外の授業以外では個別授業よりも集団授業を選択している。

難関受験をクリアする生徒の大半は、与えられたカリキュラムを独力プラス集団授業での解説で十分に習得できる、というだけのことでしょう。後述しますが、個別指導は落ちこぼれがお世話になるものという雰囲気も有るのでは。金が許し、本人が望むのであれば、個別の方が効率は良いと思いますし、非常に素質の高い生徒にものすごく金をかけて、それぞれの教科で一流のプロに個別授業(大学受験対策などという小さな目標を離れたレベルの授業をしてもらう)を受ければ、大学以降の学問に向けた確かな思考と教養が身に付くであろうと思います。一流大学における専門課程の少人数のゼミを、高校時代にやってもらうようなイメージです。

>これは教授法の問題なのか、生徒の意識の問題なのか、はたまた実は個別授業の効果は薄いのか。

教える側、教わる側、双方の金の問題でしょう。
教える側からすれば、同じ時間を使うなら沢山報酬が欲しい。沢山の生徒を教えた方が沢山金を取れます。仮に時給5万円くれる裕福な家庭の個別指導の仕事にありつけたとしても、いつクビになるかも分からないし、めでたく成果を出せても、次に同じ待遇の仕事がいつ来るか分からない、極めて不安定な立場です。つまり構造的に、集団授業の講師の方が、個別指導よりも質の高い講師が集まりやすくなっています。
教わる側からしても、金は出せても、効果が前もって測れない、実績も分かりづらい、実績を残していても自分の子供との相性は未知数、等々、大枚をはたくのを躊躇したくなる要素が満載です。
かくして、個別指導では、優秀層を更に伸ばすというよりは、学校の授業についていけない、集団指導についていけない生徒の基礎力を補充するための伴走者的な使われ方が多くなっているのだと思います。

陸宿借さんへ

>個別指導は落ちこぼれがお世話になるものという雰囲気も有るのでは。

これはなかなか強いでしょうね。
でも、個人競技でトップレベルの連中(オリンピックアスリートや音楽家など)は、ほとんど個人レッスンなんですがねえ。
まあ変わらなければ変わらないで、それは現状の塾予備校の飯のタネが健在、ということでしょう。

No title

そういえば・・・

>伝統別学校にあっては、そういう非科学的で浅薄なエセ・ジェンダーフリー的雑言は気にせず、これからも信念を貫いていただきたいと思います。

どこも最初は高校単独の3年間が男女別学校でしたが
今は、中高一貫の6年間。

18歳受験期まで人生の3分の1、思春期を
男女別学って過ごすのは、どうなんでしょう??
誰も検証してないような気もしますが

予備校でのカップル率の高さ、はっちゃけぶりを聞くたびに
毒も少しづつではないですが
共学のほうが免疫できていいのかな?

6年ぶりにシャバにでてみれば
12歳の時にみたあの子は別人の世界ですから
まあ勉強に気持ちは向かないですよね

6年間、男女別学校の美味しい面を享受し続けるなら
塾でシャバを知る、または
絶対浪人させないなどの策が必要かもですね

それもあって鉄緑は現役オンリーかと
現役ならともかく、浪人でママから電凸
「うちの息子、娘との交際はお断りします」は
通用しないでしょうから

クワバラ・クワバラ(^^)

塾の効用

>予備校でのカップル率の高さ、はっちゃけぶりを聞くたびに

最近、多いみたいですねえ、予備校のカップル。
まあ高校生からの又聞きですから、本当かどうか、現役なのか浪人なのか、今ひとつわからないですが。

俺の知る共学生は、今のところことごとく「非カップル」なので、共学だとカップルになれる、という言葉はすでに呪いの領域です。
ちなみに別学生の、「男子校(女子校)だから相手がいない」という言い訳には、あたたかい眼差しを向けてあげています。

>6年間、男女別学校の美味しい面を享受し続けるなら
>塾でシャバを知る、または
>絶対浪人させないなどの策が必要かもですね

これはおススメです。
同じ学校の異性よりも、塾という、ちょっと日常からズレた日常の中の異性の方が、いいんですよ。
何がいいかはうまく表現できないですが、女房や恋人よりも違うカテゴリの異性の方が(以下自粛いたします)

慶應だと、6年間男子だけで過ごしたはずの普通部出身者が一番女慣れしてて、塾高に高校から入ったのが中間で、共学経由で大学から入学したのが一番女慣れしてなかった感じかな。
別学共学じゃなくて、校風なんじゃないの。慶應が特別なのかもしらんけど。

つけ麺さんへ

おっ、慶應はなるほどそうですか。興味深いですね。
知り合いに地元中→慶應普通部(高等部)の奴と、大学から慶應の奴がいますが、二人とも引っ込み思案なので、サンプルとしては不適ですなあ。

>別学共学じゃなくて、校風なんじゃないの。

男慣れ女慣れなんて、もっというと個人の問題だと思います。
でもそれを言っちゃうと終わっちゃうので、うまいこと共学別学の話にして、1月中に記事に仕立てようかと企んでいます。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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