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伸びしろとウヰスキーと未来人の話~神様を「あんた」呼ばわりする不届きな奴も

「ななし」さん、格好のネタをありがとうございます。
ちょっと遊ばせてもらいますよ。

【問】
A君は、小3年で入塾、最初は偏差値35でしたが、努力に努力を重ね、6年の終わりには偏差値70を超えました。そして、A君は難関私立に合格しました。
でももし・・・A君が受験の勉強をしなかったら、私立では偏差値35相当の学校に行くことになります。
のびしろのあるA君は、ずっと偏差値35の授業を受けるのかもしれませんが、それでも、私立に行った方がいいのでしょうか?

【答】
偏差値35であっても「私立」というか、中高一貫校に進学した方が、A君にとって進学する大学の難関度合いは高まります。

【解説】
とにかく校風やら何やらすべて無視して、数字と可能性だけの話をします。
さて、この【問】はあるものとあるものとを比べて、どっちがいいかと訊いているわけですが、いったい何と何を比べているのでしょうか。
最初の2行がちょっと目くらましになっていますが、ここで比べているのは次の2つです。

1:中高一貫校に進学する「受験勉強をしていない偏差値35のA君」
2:地元の中学に進学する「受験勉強をしていない偏差値35のA君」

これで随分すっきりしました。
カッコの中は同一ですから無視していいでしょう。
で、答えは簡単です。本文にも書きましたが、「1」の方がはっきりと大学進学に有利です。

でもね、たぶん「ななし」さんはそういう事が訊きたいんじゃないと思いますねえ。
わざわざ「受験勉強したら偏差値70を超える」という条件を出しているのだから。
つまりは「伸びしろがあるので、地元中学に進学したら高校は難関高校に入学して、それ相応の授業を受けることができる」というのを、暗に仄めかしているのでしょう。

しかし、「受験勉強をしていない偏差値35のA君」が進学先を決めるときに、「受験勉強したら偏差値70を超える」というA君の属性を誰も知りません。
誰も知らないことを前提に進学先を決めるのは、なかなかファンキーです。

まあ意地悪はこれぐらいにして、これは思考実験として、つまりは「受験勉強したら偏差値70を超える」という未来を知っているものとして選ぼうという話なのでしょう。
それなら「2」を選んで日比谷でも開成でも入っておきたいところですが、ここでちょっと困ったことが起きます。「1」を選んでもA君は、結局のところ中学受験で偏差値70相応の頭脳を持っているため、かなりの難関大学に進学してしまうことになります。
本文にも書きましたが、生徒の所属する学校で進学する大学が決まるのではありません。
生徒の学力で進学する大学が決まるのです。
よっぽど学校のレベルが低ければその限りではない、というご意見もあろうでしょうが、その場合は「ななし」さんが用意してくれた防御策「塾で勉強すればいい」わけです。

中には「いや待て待て、YでもNでも偏差値35の学校から東大なんかでないぞ」とおっしゃる人もいるかも知れません。しかしそれは今まで「受験勉強したら偏差値70を超える」生徒が入学しなかっただけかも知れません。でも今、ついに空前の逸材が入学したのです。ほっといても東京一工に行きますよ。

さて、ここまでで多少理解してもらえたかもしれませんが、「伸びしろ」などというものを考慮に入れると、数字の話は一気に「やわ」になります。統計が「測定不能」なものを嫌うのは、それが原因です。だから【答】としては「1」を選びました。

それにしても「A君は受験勉強したら偏差値70を超えるんだ」なんて言ってくる未来人がいたら、俺ならこう言います。
「お前、そこまで先のことが分かるなら、もうちょっと頑張ってA君がどっちを選ぶとどこの大学に進学するか覗いてこいよ」

ところで「伸びしろ」って何ですかね?
すごく努力すると伸びしろって減るんですかね?
あまり努力しないと「まだこいつには伸びしろがある」ということになりますが、受験勉強で3浪ぐらいすると、たとえ全然勉強してなくても、もう誰も「伸びしろがある」なんて言ってくれませんよ。単なる「勉強不足」です。「怠け者」でもいいでしょう。
社会に出て10年たったら、やっぱり「伸びしろ」なんて言葉は似合わなくなります。
つまり伸びしろって未来なんです。「いま届いていないけど、可能性のある未来」、これを直感的に「伸びしろ」って表現するんですね。

だから「伸びしろ」のない子供なんていないんです。そしてどれだけ「伸びしろ」があるかなんて、未来人だってわからない筈です(当人が100%努力した未来なんて、誰にもわかりませんから)。
じゃあ「伸びしろ」なんて言葉は意味がないのか?
そんなことはありません。
自分の子供の顔をじっと見てごらんなさい。そうすれば「こいつは伸びしろの塊だ」と実感できるはずです。実感できなかったら、お気に入りのウヰスキーで少しいい気分になってから試してください。

「すり減る」というのは人間を機械に例えて表現するタームのひとつですが、確かに才能や力というのは「すり減る」という表現が合いますね。
でもね、使って使って努力して努力して「すり減る」方が、使わずに「錆びつく」より俺はずっと好きです。
もし死んだ後に、神様なるやつの前に出ることになったらこう言いますよ。
「あんたに貰ったものは全部使い果たしたよ」
まあ、その後に小声で「もう少し余分に色々くれてもよかったんだぜ」ぐらいは付け加えるかも知れませんが。

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コメント

No title

「地元民の意識」
「こんな偏差値の学校に」

鬼嫁と話をしていると、「だって〇〇高校(今は中学もできた)って昔は不良で有名だったんだよ」

「こんな偏差値の学校に入れて意味があるの」

と展開される。

ふむ。 エデュ見ると似たような議論は山ほどある。新興校が叩かれる理由でも「昔は・・」というのがあるようだ。

確かに田舎者の私の地域でも底辺私立はあった。今は随分変わったようだが・・・。そこに置き換えると 「こんな学校に・・」という気持ちもわかる。

(関係ないが 不良や暴走族が減ったのはいいことだと思うが、そこはあまり評価されない。そういういい点は「社会が変わったから」と理由付けされて 悪いことは学校や教育行政のせいにされる。学校も大変だニャ)

 学校のイメージが変わるには 二世代くらいの時間が必要なんでしょうね。

>つまり伸びしろって未来なんです。

>自分の子供の顔をじっと見てごらんなさい。そうすれば「こいつは伸びしろの塊だと実感できるはずです。

自分は「伸びしろ」という言葉は思いつかず、「可能性」という言葉を感じながら、中受に当たっていました。

うちは中受の最終過程、すなわち試験とその後の過程で「伸びしろ」のスイッチが入ったのだと思います。
正確に言うと「伸びしろ」を自ら伸ばそうとするスイッチ、でしょうか。
あ、変わった、と思いました。

入試の成績も上位レベルではなかったかもしれません。
しかし、スイッチが入ったことで、鶏口牛後の話とも被りますが、入学後の成績は伸びていきました。

「伸びしろ」や「可能性」はなかなか数字には表せないですが、一番近くにいる親や先生には感じることができると思いますし、親や先生がそれらを信じることで、子どもの「伸びしろ」や「可能性」は発現していくのではないかと思います。もちろん、単に成績の数字だけではなく、その子のいろいろな可能性として。

自分も「伸びしろ」や「可能性」を信じることがある意味、エンジンになっていたなあと思っています。

No title

超優良コンサルがなぜか無償でやっている「受験相談コーナー」に、リクエストハガキが採用された感じで、とてもうれしいです。お金払いたいくらい。でも見積もり額を見たらびっくりして「やっぱり・・・自分で考えます」とか言い出しそうw

おっしゃる通り「偏差値35のA君は、いくら伸びしろがあろうとも、いい大学にいくためには私立に行った方がよい」に賛成します。

① 公立中と違って均質な学力を前提とした授業を受けられる
② 公立中と比較して5教科で350コマから500コマほど多い授業を受けられる(3年間での合計)
③ 公立中→高校と違ってカリキュラムの変てこりんな重複がない

そもそも「私立有利」の根拠となっている、上記3つのうち、①を少し弱め、②を別で代替し、③は認めちゃってる、これだけでは「公立の方がよい」とはなりません。だから「公立は徒歩5分だけど、私立は電車で1時間半かかる」という反則技を前提にしちゃった・・・という話でした。

上記3つの中では、圧倒的に③の要素が強いと思います。中1ですでに公立高入試問題くらいなら満点とれる奴に、のんびりと公立行ってるやつがどうやって勝つんだ、と思います。それでも公立で勝つ奴もいる・・・世界がすごすぎて頭の中がグルグル・・・

頭グルグル状態を麻痺させる言葉として、二度目の反則である「伸びしろ」が登場します。未来、四次元、そんなのわかるわけない・・・こんなの考えてると、頭がフラフラ・・・

頭フラフラまでいったところで、シャッキっと前を向いて考えられるようになるため、以下、某受験サイトからの引用です。

>【4902202】
1.凡人が頑張ったところで、才能のあるやつの前では大した違いはない。
2.ところが世界の90%以上は凡人なので、1における「大した違いはない」という違いが、「とんでもなくデカい違い」になったりする。
3.そして恐ろしいことに、自分が凡人かどうかは、誰にもわからない。

⇒私立でも公立でも、〇大でも×大でも、中学生でも大人でも、ずっとやり続けてたら、意外と才能ある人になっちゃうかもしれないし、やっぱり「凡人だった」と気づくかもしれない。私は凡人だと気づきましたよ!!だから、才能ある人を、ちゃんと尊敬できる人間になれました!!

どうすれば、ずっとやり続けることができるか・・・

>【4901329】
教師が教えることは「さか上がりの方法」ではなくて、「練習すれば、まあだいたいのことはできるようになる」ということなのだろうな

⇒こんな視点で子供と向き合っていければ、いつか何かいいことあるかもしれません。

最後は、偉人の言葉を引用して誤魔化しました。私は、どうしても違うところを見て話しをしたい性格なので、すぐに話がズレちゃって申し訳ありません。

伸び代と言えば、「俺は本気出してないだけ」って漫画があった。
「俺も本気で勉強してたら◯◯くらいは行けたのになあ」って言ってる奴は多いけど、そういうことを自分で言う奴は、だいたい他人からはそうは思えないんだよね。
成功してる人は、どこかでちゃんと本気出してると思うな。

No title

  プロ競技の世界を見ていると「本気出せるのも才能のうち」って感じがします。
 将棋の世界とか見ると、将棋のプロって サラリーマン並みに、プロ入りしてから何十年も競技続けるわけです。 
 普通のプロ(まあ普通でも十分すごいんですが)は 途中で努力できなくなる。羽生さんみたいに中学生でプロになって50近くなっても努力できるのはやっぱり才能?
(好きで楽しいので 本人は「努力」なんて思ってないんでしょうけどね。苦だったら何十年もできないですよね)

No title

「伸びしろ」
「勉強の能力には 早熟型と晩成型がある」

 つまり晩成型の子供が「今 成績が悪いのは」「その時期が来ていないからだ」という説です。 誰が提唱したか? 私です。

 そんなものが本当にあるのか?
 
 ま、私は信じている訳ですよ。
 それがそのまま「次男の伸びしろ」だと思っています。次男がまるで勉強できないのは「その時期がまだ来ていないから」で その時期が来れば自然に「伸びる」と。

 そのまま信じて結局 三流大学かもしれんけどね。まあ 親が信じてやらずに誰が信じるのか、という話です。

※ちなみに 全く根拠がないわけではなく、どっかにも書きましたが 自分の経験です。
 私は 公立中入って 数学がよくわからなかった。 最初の試験「正負の数」で まあ 学年平均点ちょい下くらい。次の試験「文字式」も よくわからなかった。
 3a - a = 3 なんでないの?  って感じ。

で ある時 母親に教えてもらったんですよね。30分くらい。そしたら霧が晴れるように理解できた。
 「おお そういうことか」って感じ。
 そしたらその試験で クラスで1番だった。
 それ以降 数学大好き、大学は理学部物理学科へ・・・

 それを同じようなことを次男に期待していますが・・・ さて。

Re: タイトルなし

> 伸び代と言えば、「俺は本気出してないだけ」って漫画があった。

おお、思い出した。
夢の中で神様がでてきたり、20歳の頃の自分がでてきて議論したり逃げたりするのが面白かった。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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