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チャンドラーで英語を学ぶ~学べるわけがないのだが

英語の力を身につけたいなら、アメリカ人なりイギリス人の彼女を作ることだ、などと誰かに言われた。
いや、どこかで読んだのかもしれない。
しかし英語圏の彼女を作るには、まず英語が喋れなくちゃならないわけで、堂々巡りである。

英語は努力と暗記と継続だ、などと偉そうに、以前このブログのコメント欄で書いたけれども、言うは易し、行うは難し。
そもそもそんなことができれば、英語のテストで苦しむことなどない。
そこで考えたのが、少しでも楽しめる英語学習はないものなのか。

俺は高校時代、レイモンド・チャンドラーの原書を買って、ちびりちびりと訳していた。
それで結局は英語の力が身についたのかと言えば、あまり自信はない。
しかし結果的に訳す前よりも訳した後の方が、レイモンド・チャンドラーを好きになっていた。

チャンドラー
※チャンドラーと言ったらこの写真。早川文庫の著者近影である。

チャンドラーと言えば、俺の世代は清水俊二訳。
ところがこの10年ほどで村上春樹がたくさん訳してくれたので、うまいこと訳の違いを味わうことができる。

たとえば次の名文句。
“To say goodbye is to die a little”
『長いお別れ』(傑作)に出てくる台詞。主人公フィリップ・マーロウが友人テリ―・レノックスと別れるときに言う言葉。

「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」(清水俊二訳)
「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」(村上春樹訳)

小説のタイトルが「The Long Goodbye」なので、「a little」な「goodbye」のニュアンスとしては村上訳の方が正しいのかな。
俺はどっちでもいっけど。

さて、英語の学力云々はよくわからないけど、次のような言い回しがわかると、英語もちょっと身近になるでしょう。

1.俗と聖の対比
<原文>
What did it matter where you lay once you were dead? In a dirty sump or in a marble tower on top of a high hill? You were dead, you were sleeping the big sleep.
<訳>
死んだあと、どこへ埋められようと、本人の知ったことではない。きたない溜桶の中だろうと、高い丘の上の大理石の塔の中だろうと、当人は気づかない。君は死んでしまった。大いなる眠りをむさぼっているのだ。
<解説>
「in a dirty sump」と「in a marble tower on top of a high hill」とが並んでますが、後者は必要ないです。でも繋げる。
繋げるから「知ったことではない」が強く響くんです。

2.諧謔
<原文>
From 30 feet away she looked like a lot of class. From 10 feet away she looked like something made up to be seen from 30 feet away.
<訳>
30フィート離れたところからはなかなかの女に見えた。10フィート離れたところでは、30フィート離れて見るべき女だった。
<解説>
これは現実では使ってはいけません。
使う時は「君は10フィート離れたところでは、もっと近づきたいと思わせる女になった。」としましょう。

3.カッコよさ
<原文>
Take my tip – don’t shoot it at people, unless you get to be a better shot.
<訳>
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。
<解説>
もう何をどう訳したらこうなるのかさっぱり分かりません。
ただただカッコいいですけど。


というわけで、何しろチャンドラーの文章はカッコいいんです。
でも現実にはなかなか言えませんよ。
だから英語の授業の中だけにしておきましょう。


おまけ
<原文>
Alcohol is like love. The first kiss is magic, the second is intimate, the third is routine. After that you take the girl’s clothes off.
<訳>
アルコールは恋に似ている。最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ。
<解説>
英語の授業の中でも使っちゃいけない。

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コメント

レイモンドレイモンド

ことに英文和訳は、英語の力もさることながら、国語の力も問われますよね。

文章には「世界をどう切り取るか」という世界観が表れるので、「原文の世界観」に「和訳者の世界観」をどう寄り添わせるかが面白く、また難しくもありますね。
一人称「I」を「私」と訳すか「僕」と訳すか「オラ」と訳すかで世界観ががらりと変わる。

村上春樹さんと柴田元幸さんの共著『翻訳夜話』(文春新書)をむかし読んで、内容をすっかり忘れてしまったのですが、同じレイモンドでもチャンドラーではなくカーヴァーの文章を村上さんと柴田さんが翻訳して、両者の翻訳の違いを吟味するような話が載っていた記憶があります。
読み直してみようかしら。

No title

>一人称「I」を「私」と訳すか「僕」と訳すか「オラ」と訳すかで世界観ががらりと変わる。

これ、清水俊二以前のチャンドラーの翻訳も読んだことがあったのですが、たしか フィリップマーロウは「俺」だった。  清水氏の翻訳で「私」になってすっかり「マーロウ=私」が定着している。

No title

チャンドラーといえば 原りょう。 

ストーリーは大したことなくても(失礼) レトリックで読ませるミステリだ。

早川書房の1階の部屋には アガサクリスティなどの写真と並んで原りょうさんの写真が飾ってある。そのくらい大物だということだ。

 と見ると「それまでの明日」が今月、文庫になっているではないか。読もう読もうと思っていて未読だった。(最近そういう本が多い) 買って読もうっと。

※「それまでの明日」ってタイトル自体が原さんっぽい。 なんだ?「それまで」の「明日」って?

※オラ 昔 原さんよく読んでいたが、あまりにも長い間新作を出さなかったので存在自体を忘れるところだった。

No title

>英語の力を身につけたいなら、アメリカ人なりイギリス人の彼女を作る

 金髪女性と ◯したいから英語を勉強するって人は存在するかもしれない。

アルコールも恋も、たしかに最初は魔法(magic)で、次に親密(intimate)を経て、第三に習慣(routine)に至るのだと思いますが、
最後の「ただ相手の服を脱がせるだけだ。」の箇所はアルコールとの関係ではどういう意味なのでしょう?

わたしはまだアルコールの服を脱がせたことがありません。
アルコールに服を脱がされたことはありますが。

あるいは冒頭の
「Alcohol is like love. 」が、その逆の
「Love is like alcohol. 」だったら理解できるのですけれど。

深いですね。アルコールも恋もチャンドラーも。

マーロウと沢崎

>これ、清水俊二以前のチャンドラーの翻訳も読んだことがあったのですが、たしか フィリップマーロウは「俺」だった。

田中小実昌さんは「俺」と訳してたと思います。
「私」にするとすこし知的な感じがしますね。

マーロウはタフガイですが、インテリジェンスも持ち合わせているので、「私」がしっくりきます。


>チャンドラーといえば 原りょう。

原尞を出されると黙っていません。
ちなみに尞は環境依存文字なので、機種によっては化けてると思いますが、このさいどうでもいい話です。←鼻息荒い

『それまでの明日』には2箇所、忘れ難いシーンがあります。
1つは、この小説のキーとなる若い男が、沢崎を怒らせたシーン。
そこを読んだときは、家でひとりで読んでいたので、心おきなく爆笑しました。
まさか原の小説で爆笑するとは思わなかったな。

2つ目は、ラスト近くで沢崎がストーブを蹴飛ばすシーン。
何度も読み返して、そのたびに背筋が寒くなりました。
何故沢崎はストーブを蹴飛ばしたのか、そして何故そのシーンは俺の背筋を凍らせたのか。

面白い小説ですよ。
(熱狂的原尞のファンにそんなことを言われても、何の指針にもなりはしないが)

No title

 英語の音声認識ソフトがとても便利だ。
本当に便利だ。  すごい。 英語のインタビューを文字起こししてくれるのだ。

 英語ってのは発音とテキストがほぼ一対一対応する。  同音異義語が極めて少ない。 
 ネットで英語の同音異義語を調べたら 217組しかなかった。(実際はもっと多いんだろうけど)
 ということはこの217をAIが判断できれば、完璧に音声をテキストに起こせることになる。

 英語ってのはデジタル技術とのマッチングがいいということだろうニャ。  日本語で漢字入りでここまで行くには相当かかるだろう。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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