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あなたは子どもを大学に行かせますか?~意識格差は目に見えづらい

我々は無自覚的に、環境によって思考の傾向が制限されている。
たとえばこのブログを読んでいる方たちに「いま小3生の子どもがいたとして、中学受験させますか?」と訊いたら、どのような答えが返ってくるだろうか。

問答無用に「中学受験させる」と答える人もいるだろう。
「子どもの成績次第で考える」と答える人もいるに違いない。
中には「家族、子どもと相談して」という民主主義的な人もいるだろうし、「中学受験なんて意味はない!中学受験なんかさせたくない!」という人もいるかもしれない。
しかし「中学受験?……え?どうして中学受験させるの?」と戸惑う人はいないはずだ。

だが世の中にはそう答える人がたくさんいる。
いや、おそらく日本の過半数がそう答えるだろう。

中学受験というものがあるのは知っている。しかしそれは自分とは関係ない世界のお話で、そんな人は自分の身の周りにはいない。
そういう人にとって「中学受験させますか?」と訊かれても、何が何だかわからないだろう。
「次の衆議院選挙で立候補しますか?」と訊かれたら、皆さんだってキョトンとするでしょ?
(いや、少しは考えてる、という人はコメント欄で選挙活動してください。応援しますよ(笑))

ではこれはどうだろう?

「あなたは子どもを大学に行かせますか?」

問答無用に「行かせる」と答える人もいるだろう。
「子どもの成績次第で考える」と答える人もいるに違いない。
中には「家族、子どもと相談して」という民主主義的な人もいるだろうし、「大学なんて意味はない!大学なんか行かせない!」という人もいるかもしれない。
ここで「大学?……え?どうして大学に行かせるの?」と戸惑う人、つまり次のような人が、おそらくは見えない教育格差のひとつなのだと思う。

大学というものがあるのは知っている。しかしそれは自分とは関係ない世界のお話で、そんな人は自分の身の周りにはいない。

大学なんて行ったってロクなもんにならない、といって反対するのはわかる。
経済的な理由で大学進学を断念するというのもわかる。
しかし大学で高等教育を受けるということがイメージできない人も、世の中には結構いるのではないか。

この意識の格差は「見えない」。さらに言えば、意識されていないから、SNSでもなかなか発信されない。
俺はネットの海で見つけようとしたが、下記ブログぐらいしかわからなかった。

「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353?imp=0

釧路市
※釧路川河口から見る釧路市。あっという間に大原野である。

意識の格差は難しい。
それは解消方法が難しいのではなく、発見が難しいのだ。

※このブログは誰でもコメントできます。(当たり前か)
さらに言えば、本文と関係ないコメントでもOKです。
先日女房の実家の墓参りに行ったけど、似たような墓が多すぎて「本物」をみつけるまで1時間かかった、というような話でもOKです。
名前(ハンドルネーム)と本文、それにパスワード(入力推奨)でOK。
あとはFC2さんの言う通り入力すれば5秒で終了です。

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コメント

意識格差の話・別バージョン

民生委員のようなことをやっている友人の話。
生活が厳しい人に生活保護の申請の話をすると、キョトンとされることが結構あるらしい。
「生活保護」という言葉も制度も知っているが、自分とは関係ないことと思ってる人が少なからずいるようだ。

教育とは関係ないけど、これも意識格差のひとつかな。

空想記事

「「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由」
 この記事ですが、私も目を通したことがあります。名門釧路潮陵を底辺校と卑下すること自体、空想記事でしょう。例えば、金持だって苦労しているんだよって記事を書くと貧乏人が喜ぶというそういう性格の記事です。
 東大には二派のエリート層(といっても双方ひよっこで小山の大将です)がありまして、一つは、東大に30人以上も合格する難関国私立一貫校出身者と、もう一つは、地方公立トップ校出身者です。
 双方の共通点はそれぞれの地区で最難関校であり、受験に失敗した経験がないこと。地方公立トップ校出身者が出身校が理由で難関国私立一貫校出身者にコンプレックスを持つことはありません。(もちろん一人暮らしの孤独や、生活費の苦労などで、精神を患う層は一部いますが、これは東大生に限ったことでなく、地方出身者共通のコンプレックスです。)
 で、釧路潮陵は紛れもなく公立トップ校であり、そこのOBである彼が、記事に書いたようなコンプレックスを本当に感じていたとは思えません。社会人になってから記憶をトータルリコールしたか、空想記事のほうが編集長が喜ぶので書いたかどちらかでしょう。
 地方の教育格差に関する記事って、地方出身者が都会で成功しなかったことに対する免罪符的なものがあります。そういう人は都会出身でも教育格差を叫びますよ。
 地方だったら、緩い高校受験で大学までコンプレックスを感じずに済んだのが、都会だったら、過酷な中学受験を経験し、しかも第3希望しか合格できず、深刻なトラウマを抱えるはずです。(実際、同じ東大生でも、男子校3番手出身者が、御三家出身者に対して、引け目を感じていた例を知っています。)
 こういう状況で、「偏差値絶対主義こそ教育格差だ!!!」って叫びます。あれ?これって最近の大学入試改革のスローガンですよ。

長文反省

 毎回コメント欄に長文を書いて反省する面もありますが、まとめると
1、確かに地方出身者は都会に比べて文化的経験で不利がある。
2、その代わり、18年間、貴重な地方の経験があり、それは強みである。
3、大学4年間で文化的素養を身に着ける。

 地方の教育格差に言及した記事にはそういう発想が全くないんですよね。その発想では、都会に生まれても、もっと過酷な都会の教育格差に耐えられないでしょう。地方と都会の教育格差よりも、都会内のカーストによる教育格差のほうがはるかに過酷なのですから。

YTさんへ

>毎回コメント欄に長文を書いて反省する面もありますが、

いえいえ、長文も短文も大歓迎です。
それにこれぐらいの長さなら、このブログの論客諸氏にとって読み辛くもないでしょう。

>地方と都会の教育格差よりも、都会内のカーストによる教育格差のほうがはるかに過酷なのですから。

これも不必要なカーストなんですけどね。
でもこういうの、好きな人は好きだからなあ。

無い袖は振れないものです

>空想記事でしょう。例えば、金持だって苦労しているんだよって記事を書くと貧乏人が喜ぶというそういう性格の記事です

→私も随分盛りに盛ったなぁ~という印象を受けました。
 私には釧路湖陵高校卒業後、北海道教育大学を経て道内の小学校教員となった友人がおります。
 華奢で非力だった彼は、ずっと酷いいじめに遭っていて、そこから逃れるために猛勉強し、いじめっ子達が誰も合格出来ないであろう進学校、釧路湖陵に入学したと聞いています。

 東北・北海道のハローワークでは、いまだに“出稼ぎ労働者手帳”なるものが発行されています。半農半魚ではないけれど、少ない現金収入を自給自足で補っているような家庭も多いのです。
 「大学かぁ~、行かせたいけど。夢だよねぇ。」ってのが現実。

 しかも、家父長制度・長子相続・男尊女卑の風潮が根強く残っているため、女子の場合は「東京かぁ~。憧れるよね。でも、私には無理。」となってしまう。

 私の年代だと、女性の場合は高学歴であっても結婚してしまうと望むようなポジションを得る事は出来ない事がほとんどでしたので、学歴がコンプレックスになるような事はございませんでしたが、男性であれば「もし~だったら・・・」という思いは強いだろうなぁと思います。

 あぁ―、でもね―、一度だけ愚息君に可哀想な思いをさせちゃった事があるのです。お塾様で、親の大学の話になってしまった事があったらしくて・・・みんな東大とか言うから、ウチの子だけ言葉に詰まってしまったそう。まぁ賢い子達だからすぐに察してくれたようで、さらっと話題を変えてくれたらしいのですがちょっとだけ心が痛みました。
 
 共和国も田舎と言えば田舎ですが、貧乏でも親に学がなくても、質の高い教育を受けられる機会がたくさんございますからね、東北の田舎町とは比べ物にならないほど恵まれていると思います。
 私くらいの年齢のおばさんがそこそこ稼げる働き口もたくさんありますしねw

No title

 以前も書いたが、オラの中学の同級生、(45人くらいいたと思う) で大学に行ったのは知ってる限り3人である。 ま、多くてもせいぜい4、5人だ。

 田舎なんてそんなもんだった。

※今は違うらしい。
 例えば盛岡では
一高 三高 二高(女子校) 四高 という偏差値序列があった。

 その四高の進学実績を今見ると 国公立大学に122人も入っている。 東北大も2名だ。立派なもんだ。 

 オラの時代には考えられない。

 オラが思っているより 「地方格差」は減っているのだろう。  いいことだ。

※見方を変えればそのくらい「少子化」が進行しているのかもしれない (国立大学が入りやすくなっているってことね)

>以前も書いたが、オラの中学の同級生、(45人くらいいたと思う) で大学に行ったのは知ってる限り3人である。 
→私の中学はもう少し多かったと思いますが、親が医者、裁判官、教員、会社経営者、政治家って面々ばかりでした。
 
 確かに今はだいぶ変わったとは思いますが・・・盛岡は県庁所在地で公官庁も多いし、転勤族の富裕層も多いですからね、北東北全体のサンプルとしてはどうかなぁと思います。
 それから仙台を擁する宮城は別格だからここも参考にはならないと思います。

 共和国民の私にとってはどーでもいい話なのですが・・・一次産業に従事してくれる若者がいなくなっちゃうと、本土の人達が困るんじゃないの?
 ヒトもじゃんじゃん海外から輸入しちゃう?

No title

→私の中学はもう少し多かったと思いますが、親が医者、裁判官、教員、会社経営者、政治家って面々ばかりでした。

 はい。大学行った3人はその通りです。

 盛岡四高の偏差値を見ると 58。
 ふむ。 58あると 地方国立大学が視野に入ってくるのか。

 で、驚いたのが盛岡二高。女子校だ。
 偏差値が52 だ。

 何で? 盛岡一高=白亜 二高=白梅 と呼ばれ、盛岡の名門なのに・・・ 地方の女子校は不人気なのかニャ?
 
 でも盛岡白百合は 58もある。

女子校?それとも共学?

盛岡二高って、一応形式上は男女共学なんですかね?
女子しか生徒いないけど。

※wikiでは「男女共学」ということになっている。
※入試要項を見ても、女子のみ募集とはないなあ。

No title

オラは駅弁大学が好きだ。
 
 駅弁大学って何だ?
 オラの定義では 千葉大など「割と難関と言われている」 大学を除いた「各県に一つある国立」だ。

 この定義は曖昧だ。 概念を定義するより、「この大学は駅弁だ」と名指しした方が簡単かもしれない。
(概念を定義するより お前が犯人だ!の方が簡単なのね。これはこれで奥が深い)

 さて駅弁大学の実力はいかほどか? 偏差値は?
就職力は? 私学との差は? 

 まあおいおい調べて行くことにしよう。
 もちろんアホ息子のためだ。

 次にJGさんのくじに当たったら これをリクエストしようっと。 

※お前は駅弁だ! と言われると「違う」と反論する大学もあるだろう。 「証拠は揃っているんだ。自白しろ」 「嫌だ」 ってなことになるかもしれない。ほほほ

No title

>
盛岡二高って、一応形式上は男女共学なんですかね?
女子しか生徒いないけど。


あ、それ聞いたことがあります。
形式上 男女共学なのに「実質上 女子校」

 田舎にはいろんな迷宮があります

駅弁は高い…いや、授業料ではなく、本物の方

> さて駅弁大学の実力はいかほどか? 偏差値は?
>就職力は? 私学との差は? 

面白そうだな、調べてみ……

>次にJGさんのくじに当たったら これをリクエストしようっと。 

おっと危ない。このネタは取っておこうっと。

>でも盛岡白百合は 58もある。
→田舎でも私立の女子校ってのは、都内の女子大やキリスト教系大学と太いパイプがあって指定校推薦枠たくさん持ってるのよ。ガリガリやらんでも、そこそこやれば学校のコネで押し込んでもらえます。カネが払えれば・・・の話だけどね。

 あと特進クラスと普通クラスではかなり偏差値が違いますし、教科書もカリキュラムも違うから、全く別の学校のようになる場合も多いと思います。

No title

全然関係ないが オラの同級生で
中学校一 キョニュウ の子が白百合行ったなあ。 どうしているかなあ、

※「学校一」・・測ったわけではありません、人々の噂です。
※キョニュウは不正投稿らしい

>中学校一 キョニュウ の子が白百合行ったなあ。 どうしているかなあ、

→多分、母さんになって10cmくらいバストUPしていると思いますww

>大学というものがあるのは知っている。しかしそれは自分とは関係ない世界のお話で、そんな人は自分の身の周りにはいない。

ある対象をただ見知っていること(see)と、その対象をわが身に関係あることとして切実に観察すること(observe)との間には、断絶があるかもしれません。

*****
ホームズ「君は見ているが観察していない(You see, but you don’t observe.)。その差は明白だ。例えば、君は玄関からこの部屋までの階段を頻繁に見てきただろう」
ワトスン「ああ頻繁に」
ホームズ「どれくらい?」
ワトスン「そうだな、何百回と」
ホームズ「では、何段ある?」
ワトスン「何段? わからない」
ホームズ「そういうことだ! 君は観察していない。でも見てはいる。それがまさに僕が言いたいことだ。僕は17段であることを知っている。なぜなら僕は見て、かつ観察しているからだ。」

(コナン=ドイル『ボヘミアの醜聞』)

No title

「パンテオン(ローマの神殿)を頭の中にイメージしてごらん。その柱の数を数えられるかい?」

ージャン・ポール・サルトル

 関係ないけどふと思いだした。
 なんども見ている名所の神殿。記憶の中で、形はイメージできるが、柱の数は数えられない。

アイドル

>ホームズ「そういうことだ! 君は観察していない。でも見てはいる。それがまさに僕が言いたいことだ。僕は17段であることを知っている。なぜなら僕は見て、かつ観察しているからだ。」

俺のアイドルはシャーロック・ホームズです。
こうやって突然アイドルと遭遇すると嬉しくなりますね。

昨日から読み始めた本の冒頭にホームズとワトスンのこの会話が引用されていて、これは「意識の格差」と関係があるなと思い、流用しちゃいました(翻訳部分は私が少し加工した)。
JGさんも2019/08/27の「『獄門島』(横溝正史1948年)~金田一耕助、フラれる」の記事で、この会話部分を引用しておられたのですね。

読み始めたその本に書かれていましたが、「観察」とは、「観察者」と「観察対象」との間の問答であると。

探偵は、普通の人が見落としてしまう物品や風景の中に「問い」を見出す。「なぜここにこれが落ちている?」
自然科学者は、普通の人が何とも思わない現象の中に「問い」を見出す。「なぜリンゴは下に落ちる?」
文学評論家は、普通の人が当然のように受け止めてきた文脈に「問い」を立てる。「漱石って本当にそうなのか?」

探偵のこと、科学者のこと、文芸評論のこと、江藤淳さんのこと、何も知らないのに脱線してしまいました。失礼。

※さらに脱線。
ホームズの相棒を「ワトソン」と表記するか「ワトスン」と表記するかで少し迷ってしまいました(ホームズをろくに読んだことがない私がこんなところで迷うのもおかしな話でしょうが)。
ハリソン=フォードは「ハリソン」なのに、ジョージ=ハリスンは「ハリスン」でないと私は何となくしっくりこない。

最近世界史の教科書を読み直したら、「ルーズベルト」→「ローズベルト」、「リンカーン」→「リンカン」、「セポイの反乱」→「シパーヒーの反乱」、「ワイマール憲法」→「ヴァイマル憲法」といった具合に、昔と表記が変わっていました。
現在のチェコの辺りを指す「ボヘミア」(ラテン語)も、教科書では「ベーメン」(ドイツ語)との表記が一般になっていました。

No title

遅れてのレスで申し訳ないです。

ハルビンカフェ様、奇遇でうれしいです(^^)
私も「駅弁大学が好きです」
そして
「駅弁大学の実力はいかほどか? 偏差値は? 
就職力は? 私学との差は?」を、
おいおい調べるのがライフワークと化しております。

もちろん次元の異なる我がアホ息子のためでございます。

H19筑波大学以来の総合大学へ格上となるも
未だセンター比率の高いY大学やK大学
Y大学は日本一センター比率高し(二次比率が低いともいう)

東工・一橋より寄付金額の上回る駅弁大など

150年前の功労功績かよってツッコミいれたい
なかなか味わい深いものがございます。

>次にJGさんのくじに当たったら これをリクエストしようっと。 

おお・・いいですね、私もそうしたいです(^^)

No title

 房総半島の南にある鬼嫁の実家に行った時、ふとわからない言葉があって「広辞苑ある?」と聞いたら「そんなものないわよ」 

 げげ 広辞苑がない家が日本にあるのか。聞くと、国語辞典が家に存在しないとのこと。(中学高校で買った国語辞典しかなくそれは捨てたそうな)

 その環境でよく鬼嫁は大学に入れたな。 ひょっとして天才だったのではないだろうか。


 しかし辞典を引かなくなった。国語辞典だけではない。オラの横には「理化学辞典」と「分子細胞生物学辞典」がある。 昔は原稿書く時 この辞典のお世話になったもんだ。

こうなりゃもう破れかぶれだ

 アイツが《底辺》だとのたもうた釧路湖陵高校は東進の志田晶センセーの母校だ!
テーヘンなわけないだろー。
 OG漫画家が母校をモデルに書いた「僕等がいた」がアニメや映画になってる。少し古いがそっちが正解。

No title

 先日 国内メジャーで優勝した 永峰選手(女子ゴルフの話です)

 父親について、
「話をすると嫌なことしか言わない。 ムカつきます」

 と言っていた。 
なんとなく状況が想像できるなあ。 ほほほ

家族観は変わったのだ、誰が何と言おうと

> 父親について、
>「話をすると嫌なことしか言わない。 ムカつきます」

俺が小さい頃、あるいは若い頃、こういうインタビューの答えは冗談でも想像できなかった。
それは「そんな父親なんかいない」ということではなくて、「家族をネガティブに描写する」ことがコードとしてなかったからだと思う。

今の方が圧倒的に素晴らしい。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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