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世界にはまだ明かされていない謎がある~やむにやまれぬ事情ミステリ

さて今回も、悪口っぽい話である。
4/21投稿の「自由と規律の続編~「自由や人権の尊さ」を知っててやってるならタチが悪い」の続編。
今回も同じ人のブログからちょこっと拾ってみる。

 校則は、「わが家のルール」みたいなものだ。よその家から見たら、不思議で、理不尽で、そんなのお宅だけだよと言われるようなものであっても、当の家族がそれで良しとしているなら、傍からとやかく言うべきでないのと同じで、校則は学校ごとの独自の問題なのである。きわめてローカルな、ドメスティックなお約束。

はいダウト。
「当の家族がそれで良しとして」いないから、おかしな話になるし、さらにたとえ「当の家族がそれで良しとして」いたとしても、法律に触れればそれはそれは処罰の対象になる。
たとえば父親が家族をぶん殴っていたとしよう。
殴られてる女房や子供たちが「これで良いんです」と言ったら、暴行罪が成り立たないとでもいうのか?

そもそもは、家族の一員たる生徒や保護者が納得していないから、校則は問題化するのだ。
みんなが納得してれば、それがどんなにへんてこりんな校則でも、法に触れない限り「オモシロ校則」の領域だよ。

 先生たちは、法律や規則のことはよく分かっている。基本的人権のことも子供の権利のことも、世の中の風潮も、みんな分かっている。その上で、やむにやまれぬ事情から、「くだらねえ校則」を強いているのだ。先生だって、できればそんなもの止めたいよ。

ここ、笑うところっスか?
先生たちはわかってないでしょ。
わかっていないから「やむにやまれぬ事情」なんていうものを捏造してまで、「できればそんなもの止めたいよ」なんて言い訳しているに過ぎない。
まあ、こういうことをサラッと書いちゃうあたり、この人は現在企業人でありながらも、教師の時の悪癖が抜けていないんだなと思う。

前回も書いたが、俺は別にこの御仁のことを馬鹿にしているわけじゃない。
教育界では苦労人だし、現場のことをよくわかっていて、教わることも多い。
しかしやはりどうしても「教師」サイドなのだ、見ている立場が。
口ではいろいろと「子供のため」なんて言うが、こういうところで素が出てしまう。

俺の立ち位置は、保護者、生徒だ。何しろ俺は保護者だったし、私立ならば金の流れを見れば誰の意向を真っ先に考えるかは一目瞭然だろう。
公立だって巡り巡れば同じところに行きつく。
無論だからって、いつも保護者・生徒ファーストにはいかないのが学校という場だ。
そいつを踏まえて言うが、じゃあ校則は誰のためにあるのだ?生徒か?保護者か?教師か?それとも学校の評判のためか?

中学や高校に子供を預けている父親なら若くて30代後半、多くは40代、なかには50代の方もいるだろう。
企業人としてかなりの苦労をしてきた人もたくさんいるだろうから、もし同僚なり上司なり部下が「やむにやまれぬ事情から」なんて言い出したら、きっとこう言うだろう。

「その事情というのを教えていただけないでしょうか」

で、「その事情は~~」と言い出したらそれをメモするだろうね。
そして言い終えた辺りでにっこりとほほ笑んで、「大丈夫です。こういった事情なら、協力して解消できる可能性が高いですから。まずは手始めに~~しましょう」。

まあ企業人なら当然知っていることかも知れないが、職員が「くだらない」「できればやめたい」と本当に思ってるなら、それをなくすことに専心すべきだ。
しかしこれまた多くの企業人なら当然知っていることかも知れないが、口では「くだらない」「できればやめたい」と言っても、本心はそうじゃないこともたくさんある。その「くだらない」ことによりかかっている方が、楽な場合もあるからな。
だから「くだらない」ことをしなくちゃいけないアリバイとして、「やむにやまれぬ事情から」なんて言い出す。
で、だいたい聞いてみると、まるで「やむにやまれぬ」じゃなかったりする。

ところで、「くだらねえ校則」を生徒に強いらなくちゃいけない「やむにやまれぬ事情」ってなんだろうね?
ここまで書いてみて、俺はなにしろそいつに一番興味がある。

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Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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