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中学入試の国語が好きだ

今宵は中学受験、それも入試問題のお話です。

中学受験の入試問題というと、その華やかさから算数がいろいろと取りざたされることが多い。
灘や開成などは毎年話題に上がる。麻布も聖光も栄光も渋幕も上がるかもしれない。
あれ?女子校が思いつかなかった。桜蔭も話題になるのかな?

しかし俺が好きなのは実は「国語」だ。
それも小説文の問題が好きなのだが、著作権が絡んでネットで見ることができない。出版された過去問でも、たまに白紙になっていることがある。

そんな国語好きな俺にとって、『秘伝 中学入試国語読解法』(石原千秋1999年新潮選書)はバイブルだ。
20年以上も前に書かれた本だが、入試国語問題の本質をきわめて簡易に暴き立てている。

秘伝中学入試国語読解法

この本は2部構成になっていて、1部では自分の息子の中学受験体験がつづられている。爆笑必至である。
2部では実際の中学入試問題を使って、入試国語の本質を説明している。

ちなみにこの2部の中で石原は、1998年の駒場東邦の問題を次のように評している。

これは、きわどい物語だ。(中略)いいのかな、こんな本格的な恋を中学入試に出して。文章は最高にいい。

どうです?気になるでしょう?
ちなみに石原の本の中では作品名が出ていなかったので調べてみた。
おそらくは『夏の少年』(川西 蘭)に収録されている「紙の鍵盤」が出典元らしい。

さて、石原は本の最後を麻布中学の1998年の入試問題で締めくくり、次のように書き終えている。

中学入試の国語で、いま最も完成度が高く、ヘビーな問題を出すのは、間違いなく麻布である。

20年前の評価がこれ。さて、麻布の今の評価はどうなのかな?
ともあれ、国語の入試問題を解きながら、子供たちはひとつひとつ成長しているのかもしれないな。

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コメント

No title

 中学入試の国語も 難問 奇問 ・・・
学校の先生が趣味で出しているとしか思えないような「悪問」もある。

 まあ私立はそれでもいい。採点基準さえあれば点数は出せる。それで合否は決められる。

 で、オラがびっくりしたのは 2018の渋幕 国語だ。
 芥川の「死後」が問題文に出題された。

 この話、「僕」が死後 幽霊になって家に行くと妻はつまらない男と再婚していた、という話だ。

 おそらく恋愛も未経験、もちろん結婚も未経験の小学生に 自分の死後、妻がつまらない男と再婚していた話を問うているのだ。

 これが中学入試の世界である。

No title

ハルビンカフェさんに先に書かれました。

某掲示板では絶対に書けないが、渋幕の国語の世界観は独特だ。
他の年にも、親が離婚と再婚を繰り返すというシュールな問題もあった。

中学受験でシャカリキな子供にはどう響いたのだろうか?

No title

 >オラがびっくりしたのは 2018の渋幕 国語だ。
 芥川の「死後」が問題文に出題された。
→確か、うちの子が5年生くらいの時に塾テストで出ましたよ。渋幕の国語はマイナーな純文学から流行りの映画まで幅広い分野から出題される上に、必ずと言っていいほど大人の事情が絡んできます。なので、愚息には"セレブなお母様方が忌み嫌うきわどい言葉″もダイレクトに教えました。

 ヒトの想像力には限界があると仮定した場合。経験の差というのは大きい。
 大人であれば『手を繋ぐ男女』という文章から、転ばないように支えあう老夫婦や、身体の不自由な人&サポートする人というところまで推測できるが、経験値の低い子供であれば、おそらくラブラブなカップルの一択になってしまうと思う。
 手を繋いだ男女が向かう先はエレベーターや病院かもしれないのに・・・きっと楽しい場所に行くに違いないと思ってしまうのだ。
 長い長い物語の一場面だけが切り取られていた場合、些細な解釈の違いで全体の流れがあらぬ方向へ・・・という事がしばしば起こる。
 大人の事情で不完全燃焼のまま、終結してしまうような物語など、わんぱくな小学生男子には到底納得などできないだろう。 合格するため、点を取るためと割り切って、私情を捨てて大人に言われた通りの答えを書く。それが出来ない血気盛んで愉快な子供達が国語で点が取れない幼い子と言われてしまう。
 では、渋幕の問題は悪問か?と問われればそうとも言い切れない。女の子は大人びた難しい言い回しが好きだし、それをパクるのも大好きなのだ。大人顔負けの美文字で洗練された文章を書く事が出来る小学生というのも僅かではあるが存在する。桜蔭の国語対策をしている子達も多く受ける共学校・・・それが渋幕なのだ。故に、私は渋幕はあの路線を貫いても良いのではないかと思っている。

 ちなみにオラが一番驚いたのは小5の塾テストで『智恵子抄~愛の絶唱~』が出題されたと知った時だ。

No title

そう言えばオラのアホ息子は国語が得意?だった。

得意というか、「算数よりはできた」の方が正しいか。
ただ、偏差値が乱高下する。

S67とか取ってきて「こいつは国語の才能があるのか?」と思ったら S45に落ちたりする。
 当たり外れがあるのだ。
 まあ、現代国語ってのはそんなもんかもしれない。
 

 そんなアホ息子の国語も今や低値安定になってしまった。 完全に数学に逆転されているのだ。 まあそれならそれでもええが、S67の馬力が懐かしく思うこともある。

No title

中学受験ではないが、国語の思い出。

授業中の先生の雑談というのは記憶に残る。
なんでだろう?

 高校の時、現国の時間に 「黄昏」という漢字を習った。 その時、先生が 「黄昏というのは 誰そ彼、 つまり暗くて 彼が誰だかわからない時間というのが語源だ」と言った。

 この「誰そ彼」が妙に記憶に残った。今でも覚えているんだから相当強烈な印象だったのだろう。

 で、定期試験に「黄昏」の漢字を書く問題が出た。
 オラを含む多くの生徒が「誰彼」と書いた。
 もちろん×である。

 先生も複雑な心境だっただろうな。
「なんで雑談の方を記憶して漢字を覚えないんだ?」

※国語の思い出といえば・・

 中二の時に 模試を受けた。高校受験用の模試であるが、中二でも受けられる。 自分の立ち位置を知るために多くの中二が受けた。 

 その模試で「相殺」の読みを書く問題が出た。
 オラは読めず、「そうさつ」と書いた。

 最初 ×だったが、数日後 「そうさい」「そうさつ」両方○にします、 という通知が郵送されてきた。

 だからよく覚えている。 

※その模試の数学で確率の問題が出た。
 正答は 2/5 または 0.4 だった。
 オラはその時、まだ確率を習っておらず、 40% と書いた。
 ら、× だった。 

 オラは今でもこの採点はおかしいと思っている。(執念深!)

気になって、三連休に石原千秋『秘伝 中学入試国語読解法』(1999年、新潮選書)を読みました。
第一部の体験編を読み終え、第二部の解法編を途中まで読んだところですが、これはよい本だと思います。いまこの本に出会えてよかったです。ご紹介ありがとうございます。

「学校は子供たちの生活の場だ。だから、隅から隅までピカピカで意識がむき出しになったような学校よりも、少し陰が、つまり人目の届きにくい空間があった方がいいと、僕は思う。それが人間というもののありようだからだ。」(65~66頁)
というくだりを読んで、ああ石原さんは信用できるなと感じました(上から目線ですみません)。

第一部の体験編から窺われる石原さんの感覚が私と近い上、第二部の技術面でも、論理接続詞「しかし」に重きを置く一方で、接続詞「そして」の使用を禁じるところや、素材文の読み解きにあたって二項対立(二元論)に着眼するところなど私の感覚と近くて、すぅーっと読むことができます。
また、第二部では、素材文を言語論(記号論)、文明論、比較文化論などのテーマ別に分けて、そのテーマごとに素材文へのアプローチの仕方を大局的に説明した上で、解答技術にも触れており、私の愛読書、神田邦彦『現代文 標準問題精講』(2015年、旺文社)に通ずるものを感じました。

それにしても、中学入試の国語問題はかなり歯ごたえがありますね。高校入試や大学入試問題に使っても通用するような素材文であると感じました。
こんな問題が7,8割も解けるなら、もう大人ですよ。

No title

 アホ息子とオラの会話

(テレビの一流芸能人 二流芸能人とかの査定番組を見て 外す芸能人を笑いながら)

オラ「でもさあ。 迷うと  これは引っ掛け問題か? 裏があるかも、とか思わない? 例えば国語でさあ。
 直感は アだけど アは引っ掛けかも とか?」

アホ息子「それはね、 国語ができない人の典型だね 俺は迷わないよ


 くっそー 偉そうに。 国語で偏差値50を切ったらただでは置かないぞ  くっそ

もう「男」としての雰囲気が溢れている

>「それはね、 国語ができない人の典型だね 俺は迷わないよ」

カッコいい!!!!!
ハルビンカフェさんの子供たちって、ホント面白いなあ。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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