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実名でも匿名でも好きな方を選びな、但し恨みごとを言うんじゃないぜ

シーズンオフになるとツイッター芸人になるダルビッシュ有氏(シカゴ・カブス)が、こんなことをツイッターで書いていた。

匿名は自由。ただ匿名で誹謗中傷をするな、意見はいいけど同じ土俵やと思うな(2019年12月18日)

またこのブログに何度かご出演してもらっている「埼玉の苦労人」が、ブログでこんなことを最近書いた。

実名は勘弁してやるから、自分の年齢ぐらい言ってみな。あと、職業・経歴な。こっちは、名前出し顔出しでやってるんだからさ、フェアに行こうぜ。(2020年2月7日)


というわけで今回は、実名と匿名の問題についてです。
ツイッターもブログも、実名でも匿名でも発信できます。
このブログ「中学受験のギャップ」は、「ジャーナル・ギャップ」という別名(=匿名)で発信してます。

では何故、俺は別名(=匿名)でブログをやっているのか?
答えは簡単で、非現実空間で遊びたいからです。これができるのは、現代人の特権です。

「自分」に属する名前や職業や住所など一切切り捨てて、新しい身分で遊ぶ快楽。
逆に言えば、その書き込み内容でしか測られない世界です。
社長だろうと大金持ちだろうと東大医学部だろうと、この電脳空間には関係ありません。
書いた内容だけで知力も性格も判断される、ある種の地獄絵がこのネット世界です。

じゃあ、なぜダルビッシュ氏にしろ埼玉の苦労人にしろ、彼らは実名でツイッターやブログをやっているのか。
さて、他人の心の中まではわからない。

ただ推測するに、もしダルビッシュ氏が匿名でツイッターをしたら、今の千分の一、万分の一しか閲覧されない。
ツイッターの「いいね」の数で年俸が決まるわけではないので、彼が実名で発信する理由は、「ホラ見て見て!僕を見て!」という自己顕示欲が一番なのだろう。

勿論、その自己顕示欲がいけないわけじゃない。俺にだってある。
むしろそうした欲望のない人間は、ネットで情報を発信したりなどしないだろう。
そうした人間が集まる世界だからこそ、それぞれの意見に反対も賛成も批判も称賛も、そして誹謗中傷も発生する。
注目されたいけど批判中傷は許さない、というのは単なる狭量な奴の戯言だ。

埼玉の苦労人の方は簡単で、営業です。カネを稼ぐためです。
でも「カネを稼ぐため」にSNSを始める人は多くの場合、情報を発信することに飽きるか、情報を発信することに快感を覚えるか、のどちらかになるようです。
何年も営業的にプラスになる情報だけを発信し続けている人は、稀です。

埼玉の苦労人は後者、「情報を発信することに快感」を覚えたクチです。
ですからSNSで発信したことに批判中傷されると、どうしても許せなくなる。

冒頭の言葉は、自分が「老害」と言われたことに対する反論です。だから「自分の年齢ぐらい言ってみな」などと書いているワケ。
でもね、「老害」という言葉は、老人だから使う言葉じゃないんです。1つでも2つでも年上なら、世間はバンバン使う。
重要なのは「老」の方じゃなくて「害」の方。
害を為す人にしか使いませんよ、「老害」なんて。
それなのに「老」の方にばかり目が行ってるから「自分の年齢ぐらい言ってみな」などと論点のズレたことを書いてしまう。

俺はツイッターにしろブログにしろ、実名だろうと匿名だろうとどっちでも本人の好きな方でやればいいと思っている。
だから「俺は実名でやってるんだから偉い、土俵が違う、フェアだ」などと言うのは間違いだ。

誰も君たちに「実名でやってくれ」なんて頼んじゃいない。君たちが好き勝手に「名前出し顔出し」しているのだ。
君たちはそれで興奮を覚える性癖なのだから、その性癖のリスクもしっかり自分自身で受け止めてくれ。


ちなみに埼玉の苦労人のブログに、ちょっとお耳の痛かろうコメントを書いたら、あっという間に削除されました。
「作られた平安」に安住しているクセに、「名前出し顔出しでやってるんだから」とイキるのはカッコ悪いと思うな。

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コメント

JGさんに共感します。

高校時代にテクスト論(※)に触れて以来、私も、文章は「それを書いた人の属性や背景」から解放され、「その内容」によって判断されるべきと考える傾向にあります。
このことはテクストの作者が匿名であるか実名であるかによらないので、作者が実名であっても妥当するのですが、作者が実名であって、かつその作者についての情報量が多くなると、テクストの読解において、作者の属性や背景に侵食されやすくなります。

※文章を作者の意図に支配されたものと見るのではなく、あくまでも文章それ自体として読むべきだとする思想のことをいう。文章はいったん書かれれば、作者自身との連関を断たれた自律的なもの(テクスト)となり、多様な読まれ方を許すようになる。(コトバンク「テクスト論」より)

匿名で生み出されたテクストについて面白いと思うのは、
生み出された当初は、その匿名性ゆえに、書かれた内容から純粋にテクストが読み解かれるわけですが、テクストが蓄積されていくにつれ、その蓄積されたテクスト群から自ずと一個の人格が立ち上がるところです。
これはもちろん仮想の人格ではありますが。
(つきつめて考えていけば、「仮想の人格」と対置すべき「本当の人格」がどこかにある、という考え自体が幻想なのかもしれない)

タレントのバカリズムさんが架空のOLになりすまして綴ったブログがドラマ化され、このたび映画化もされるとのこと。

ブログの読者は、

①ブログに綴られたOL(匿名)の日常を楽しむとともに、
(→どこにでもあるOLの日常、という匿名性が効果的)

②バカリズム(実名)がOLになりすましているというカラクリを楽しむ、
(→あのバカリズムがこんなことをしている、という実名性が効果的)

という二重構造の仕掛けになっている。なるほど。

No title

「感謝の言葉もない。本当にありがたい」。2週間を過ごしたホテルの関係者や地元住民らに対し、滞在者からは感謝の言葉が相次いだ。
******************

 「感謝の言葉もない」・・・

 日本語ってのは難しいニャ。
 同じ言葉でも例えば

「2週間 〜したのに 「感謝の言葉もない」 と ホテル関係者は憤った」

 という文章にも使える。  

つまり
 滞在者が言えば 「とっても感謝」
 ホテル関係者が言えば 「感謝0」 

 という意味になる。

※ちなみに グーグル翻訳は
No words of thanks

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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