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あの頃

あの頃は、朝の8時過ぎには会社に入っていた。
一応勤務規定では朝10時から午後6時までが就業時間だったが、そんなものお構いなしで、9時には始まるお得意さんに一番で営業の電話を入れられるように、8時からすべてをスタンバイさせていた。

飯を食ってる時間なんてないから、菓子パンを2つ3つ抽斗に入れておき、500mlのコーヒー牛乳を机の上に置いていた。
毎日得意先をまわって商談を進めていた。塾や予備校は夜が遅く、午後10時スタートで終わるのが午前2時3時なんてザラだった。

いつも仕事が終わるのは10時過ぎで、その後はクラブ(その頃はディスコと言ってた)で踊ったり、友人と飲み歩いて(これは今も変わらない)、終電で帰るか、タクシーで帰るか、始発で家に帰った。
で、朝8時過ぎには会社に入る。

土日のどちらかは、平日に会えない友人と会っていた。映画を見たり、古本屋巡りをしたり。
そして残る1日は、恋人と会っていた。恋人がいない時期は、車を洗ったり、ドライブに出かけたりしていた。

今思えば、せわしない日々だ。
若かったとも思う。

出世にも金にも執着がなく(正直言うと少しはあったが)、ただ仕事が楽しかった。
仕事がうまくいかず罵倒されたこともあれば、うまい具合に罠が発動してほくそ笑んだこともある。(←意地が悪い)

あの頃は…と振り返ると、いろいろなことが美しく見える。
その美しさの欺瞞に取り込まれないためにあえて書くが、決していいことばかりじゃなかった。

夏に小学校の同窓会に行ったが、「楽しかったよねえ、あの頃」と言われるたびに俺は胸の内で「今だってかなり楽しいぜ」と呟くばかり。

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コメント

No title

あの頃は「1日は24時間ある」と思っていた。

企画提出や納品の締め切りの前日なら「あと24時間もある」という感じだ。 前日 夜から書き始めて徹夜したことも何度もある。

 今はもうダメだ。
 徹夜なんてできない。それどころか集中力が落ちて、少しでも寝不足だと仕事ができない。

 昨晩早く寝て、寝切って、今 企画を書いている。明日提出だ。 ふうっ

※寝切る=自然に起きるまで完全に寝ること。もう眠れない状態。

私のあの頃

20代の一時期。海外絡みの仕事で、基本10時以前には帰れません。それでも終わってから先輩や同期と夜の街へ繰り出し、タクシーで独身寮に戻ると誰かしら食堂に居て、そこでまた飲んだり。でも一番下っ端なので、翌日は朝一番早く職場に入って、前日の整理と当日の準備。まあよく身体がもったなあと思います。

例の某広告代理店の件以降、長時間労働には非常に厳しいご時世ですから、今はこんな働き方はやりたくても出来ないでしょうが、若い時にこういう経験が出来ない今の若者は可哀そうだと思ってしまうのは、オッサンのノスタルジーなんでしょうかね。、

慌ただしかった泡々の思い出

>若い時にこういう経験が出来ない今の若者は可哀そうだと思ってしまうのは、オッサンのノスタルジーなんでしょうかね

→あの頃「○○さんの所の娘は夜遊びが激しい」と噂されておりましたww
 時はバブル・・・20時前に帰宅できる日などございませんでした。毎年、大晦日は当たり前のように除夜の鐘を聞きながら仕事をいたしておりました。田舎でございますからね「15時に窓口が閉まるのに、連日22時過ぎに帰宅。月末などは午前様。会う度違う男を連れている」etc…散々な言われようでございました。
 出納業務をいたしておりましたので、15時に窓口を閉めるまで昼食をとれない事も多くございましたし、預金ノルマ等もございましたので、積立ての集金がてら友人と食事をしたり、不動産絡みの取引での接待にかり出される事などもございました。土日は趣味の延長でいくつかの市町村の市民スポーツ教室の指導員などもいたしておりましたので本当に働き詰めでした。
 
 思えば受験勉強も・・・3時間睡眠は当たり前。時には徹夜でガリガリやっていたような気がいたします。そんな受験生達のささやかな楽しみが深夜のバラエティー番組でした。
 あの頃高校受験生にウケていたネタが、今時の子にも通用するのか愚息で実験してみました。ウソップランドの傑作ネタ?!『遣隋使』ウチの子にはウケたようです。あの頃は、週イチ30分の深夜枠しかもらえなかった番組でもクオリティーは高かった。けれども今の子供達はTVよりもYouTubeの方が面白いという事を知っておりますからねぇ・・・TV業界もいずれ廃れていくのではないかと思っております。

確かに数年前までは深夜や休日でも仕事メールが飛び交っていた気がしますが、最近はお客さんからの深夜休日のメールがだいぶ減った気がします。
企業の残業が全体的に減ってきたのか、それとも残業代のつかない管理職の方々が皺寄せを被っているのか・・・(あるいは単に私がお客さんから請け負っている仕事が減っているだけなのか・・・)

それはさておき、むかし某教育風掲示板で陸宿借さんが言っておられたように、知の積み上げは巻貝の生成のようにフィボナッチ数列的(1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21…)だから、社会人になりたての頃は仕事に時間を要するけれど(ちょっとずつしか前に進まないけれど)、そんな若い頃の苦労が後になって効いてくる(大きな跳躍の萌芽となる)ような気もします。

No title

今日はボロ雑巾のように働いた。
東急線沿線で取材。足が棒のようだ。
ようやく仕事が終わった。もう一歩も歩けない。
とにかく武蔵小杉まで行けば・・・武蔵小杉まで行けば 横須賀線がある。 今日はグリーン車で帰る。千葉まで座って帰れるのだ。
東急 武蔵小杉で降りた。 改札前にローソンがあった。 そこでビールをたんまり買った。グリーン券も買った。 

ふう。 あとは電車に乗ってビールを飲むだけだ。
横須賀線のホームはどこだ?
横須賀線横須賀線。。。
何で横須賀線のホームってこんなに遠いの?
ひたすら歩いた。 普通の人なら平気かもしれないがボロ雑巾には酷な距離だ。

ようやく横須賀線についた。これ同じ駅かあ??
ちょっと遠すぎないかあ?


まあいい。ようやく横須賀線に乗った。グリーン車だ。ビールなんぞ開けたりしちゃったりして・・ほほほ

あの頃の話じゃない。今の話だ。
いい歳して現場から離れられないオラ・・

生涯現場

>いい歳して現場から離れられないオラ・・

いえいえ、生涯現場でいきましょう。
少なくとも俺はそのつもりです。

No title

 オラも生涯現場になりそうです。
 まあ会社としては妥当な判断でしょう。オラに管理職ができるわけがない。

 高度成長の頃は「出世することが正義」で、今でも例えば銀行とか役人はそんな感じだと思うのですが、一般企業で若い子とかは出世を望まない人もいるようです。

 理由は・・
・管理職は大変
・出世しても給料は大して上がらない
・現場の方が楽しい

 こんな感じでしょうか。
 オラもそう思う。(気持ちの半分は出世してみたかったというのもあるが)

 何よりオラが思うのは、「一度出世競争レースに参加したらもう現場には戻れない。敗残者は哀れ」なんですよね。うちの会社の場合。

 負けてもまた現場に戻ってバリバリやる人も中にはいますが、気力がつい果ててお荷物になってしまう人も多い。

 だったら自由気まま、自分の裁量自分の仕事で現場にいた方がはるかに楽しい。気楽。
 まあオラは鬼嫁も稼いでくれるんで気楽、というのもあるが・・・

※今、昨日の投稿を読み直したら
「ボロ雑巾のように働いた」なんぞ書いてある。

正しくは
「馬車馬のように働いて」「ボロ雑巾のようになった」
だろうニャ

まあボロ雑巾状態で書いたんで。。。そんな間違いもあるだろう

※えっと現場にいて、きちんと戦力になっているうちは「クビ」になることはないんですよね。

 仮に会社が傾いたら、真っ先に不要になるのは「敗残者」だ。

※念のため・・
 この投稿は「負け惜しみ」です。
 出世している人は どんどん出世してください

知の積み上げ

甘えん坊将軍さん、どうも。巻貝の話、覚えていて下さってありがとうございます。

“ITの進歩で情報の入手が容易になったから、知識の習得は重要ではなくなった”、なんて戯言をしばしば目にしますが、とんでもない勘違いです。物事の基礎や体系に関する知識を持たない人間が、どうやってその物事の応用に必要な知識を検索することが出来るでしょうか?AIの研究でも、正しいアウトプット(人間の期待に対して正しいという観点ですが)を出せるように」するには、クライアントである人間が「常識」として持っている膨大な知識をインプットしておく必要があり、そこに大変な労力がかかっていると聞いた事があります。

これまでの学習や経験から得た物を、新たな局面でどう応用していくか。年を重ねたからこそ出来る事だと思いますし、AIで代替し辛い部分なのかも知れないな、と思っています。

武蔵小杉駅

ハルビンカフェさん、どうも。

武蔵小杉駅の東横線・南武線から横須賀線・湘南新宿ラインへの乗り換えは悪名高いですね。しかし、品川や東京に直通する駅を作った事が、今の武蔵小杉の発展に繋がっていますし、あの距離ですが屋根も壁もある平坦な通路で結ばれている点は、評価すべきかと思います。

私が一番辛いと思った乗り換え駅は、天王洲アイルです。羽田空港の帰りにモノレールからりんかい線に乗り換えようとしたのですが、下りはエスカレーター無し、出口を出たら吹きっさらし、りんかい線の入り口まで雨の中ゴトゴトと荷物を引いて、5分くらい歩いた記憶が有ります。

>管理職は大変
・出世しても給料は大して上がらない
・現場の方が楽しい ・・・オラもそう思う。
→私も、そう思います。

>「一度出世競争レースに参加したらもう現場には戻れない。敗残者は哀れ」なんですよね。
→血気盛んで自爆してしまう方々がいらっしゃるからこそ、私のようなマルチプレイヤーの雇用が守られていたりします。

 武蔵小杉の乗り換えには"天気の良い日限定まっしぐらルート"というのがございます。
『JRの乗り換えは反対側です』と大きく書かれた南口改札を抜けて【南口2】から外に出るとららテラス入り口があります。店内を突っ切って外に出て左に曲がるとfoodium が見えるので、そちら側に渡ります。ららテラスとfoodium の間の道をずんずん進むと正面にリッチモンドホテルが見えてきます。ホテル右側の細い道を進んで行くとJR武蔵小杉駅の【新南口】に出ます。所要時間は6~7分だったと思います。

 ちなみにドラマロケの集合場所がエキストラに知らされるのは前日の夜です。情報漏洩を防ぐためだと思いますが『都内某所』というのが多摩モノレールの某駅だったのには参りました(^^;

陸宿借さん、どうもです。

まことにおっしゃる通りです。
AIは物事が持つ「意味」を「理解」することがありません。
AIが発達すればするほど、そのAIを利用する人間のありようが問われることになると思います。

「AIと倫理」についての議論がホットになってきているようで、私も勉強を始めたところです。
勉強が進んだらどこかでお話ができればと思っております(こういう場をご提供くださるJGさんに感謝しつつ)。

甘えん坊将軍さんへ

どんどん書いてください。書いているうちに考えがまとまったり、アサッテの方向からアイデアが飛んでくることもありますから。

夢想

甘えん坊将軍さん、AIのお話楽しみにしてます。

理系の道を早々に諦めた人間が何を言うかという感じですが、もしもう一度大学からスタートするなら、AIとか脳の研究をやりたいなと思います。人間の意思決定や行動のメカニズムを解き明かしたい、と思います。

AIの意思決定は、たとえば囲碁や将棋の場合、勝ちに近づく手筋、つまり自分が「得をする」という物差しで判断しているのであろうと考えるのですが、人間は時として自分が損をする、損でなくても無益と見える行動をします。それは何故なのか?何故そういう行動を取る人間、性質が人類誕生から何百万年を経た現代にも生き残っているのか。人間が他の生物に比べて強大な地位を築いたからそんな無駄、無益が許されるのか、それとも一見無駄、無益と見える行動に生存、繁殖に有利に働く「意味」があるのか。

興味は尽きません。

陸宿借さん、どうもです。

今週、AIに関する諸外国の規制動向についての講演を聞きました。これまでいくつかのAI絡みの講演を聞いてきて思うのは、「AIとは何を意味するか」についての理解が講演者によってまちまちなようにみえることです。

AIの意味を狭く捉える人もいれば、広く捉える人もいます(AIとは別の概念であるITやIoTなども含めて一緒くたに論ずる人もいる)。
論ずるテーマによって意味に広狭が生じるのは致し方ないと思いますが、「いま論者が話しているのはIT全般のことなのか、それともAI固有のことなのか」を聴者である私が考えながら話を聞かないといけない場面が多いです。
ゆっくり少しずつ頭を整理していきたいと思います。

>理系の道を早々に諦めた人間が何を言うかという感じですが、もしもう一度大学からスタートするなら、AIとか脳の研究をやりたいなと思います。人間の意思決定や行動のメカニズムを解き明かしたい、と思います。

実は私も同じです。人間の「意思」に感心があります。私は高3のときに早々と文系の道を選んでしまいましたが…

またしても高校時代の国語の話で恐縮ですが、授業でフロイトやユングの心理学に関するテクストを扱った際、私は人間の無意識の世界(フロイトのいう「エス」)に興味を持ちました。
その後しばらく私の興味は眠っていましたが、たまたまリベットの実験(※1)のことを知ったのをきっかけにして、『脳とクオリア』(茂木健一郎)、『脳研究の最前線(上下)』(理化学研究所脳科学総合研究センター)、『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二※2)などの脳に関する本を読んだり、統合失調症や多重人格(解離性同一性障害)についての本を読んだりしました。

人間にとって意志(意思)とは何か。無意識の世界には何が広がっているのか。「肉体」と「無意識の世界」にはどんな関連があるのか。人間にとって「時間」とは何か。怒りや悲しみといった感情の内実は何なのか。なぜ、何のために人間は感情を持つこととなったのか。「感情」と「意思」にはどんな関連があるのか。

興味は尽きません。

※1 リベットの実験
人間の自由意志の存在に疑問を投げかけた実験。
人が「手を曲げよう」と意志し、現に「手を曲げる」とき、手を曲げようと意志するよりも前に脳内の神経細胞の活動が確認できる。意志より前に脳が動いているのである。詳しくはwikiのベンジャミン・リベットの項を参照。
余談ですが、某教育風掲示板のマキ○ートさんが立てたスレッドの中で、私は○衛党さんに向けて「人間に自由意志はあるか」についての書き込みをしたことがあるのですが、このリベットの実験のことが念頭にありました。

※2 脳科学に興味がある中高生には、池谷裕二さんの『進化しすぎた脳』をぜひ読んでいただきたい。
池谷さんが母校の中高生に向けて行った脳科学の連続講義をまとめた本であり、脳科学の入門書(しかし内容は深い)として最高です。

>書いているうちに考えがまとまったり、アサッテの方向からアイデアが飛んでくることもありますから。

JGさんが仰ることは、私も同感であり、結構大切なことなのではないかと思っています。

↑の私の投稿のように、私の書き込みはいつも長文になってしまい、皆さんには大変申し訳ないと思うのですが、書くことによってしか自分の思考をうまく整理することができないんです。

会社を経営している大学時代の友人と昨夜飲んだのですが、最近の新入社員はスマホで器用に資料を作成するのだと話していました。
私にはそんな芸当は無理で、パソコンでキーボードを叩いて、文章を書いては消し、書いては消ししています。

スマホで文章を書くのと、キーボードを叩いて文章を書くのとでは、書き手の「思考の形」に多少なりとも違いをもたらすのではないかと考えたりします。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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