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当世学生気質

ここのところ大学生といろいろと話す機会が多い。
その多くは中高時代からよく知っているので分かるのだが、大学生になっていきなり変わった奴もいる。(いわゆる大学デビュー)
しかしその変化は、高校生が夏休み明けにいきなりパーマをかけてきたような、はた目には気恥ずかしさが漂うような変化である。

その中で、大学生になったので一人暮らしを始めた、という奴がいた。
ん?お前都内住みで都内の大学じゃん。

聞けば電車の接続が悪く、1時間半近くかかってしまうからとのこと。
だから大学の近くにワンルームマンションを借りて……贅沢だよ!
尤もお前の親父は随分とため込んでいるから、さんざん遣ってやれ。

ひも付きとはいえ一人暮らしは楽しいらしく、「自由!自由!」と浮かれている。
まあ、そうやって浮かれていられるのも学生の特権だ。どんどん浮いていけ。

一人暮らしと言えば、俺の学生時代の友人にRという奴がいて、こいつは東北地方から都内の大学に出てきた男だった。
当時ですら珍しかった3畳程度の部屋を借りていて、トイレと炊事は共用だった。
遊びに行くと二人して散歩をするのが常で、2時間でも3時間でも喋りながら歩いた。
一体何をそんなに話すことがあるのかと思うが、ウマが合ったせいか幾らでも話の種は尽きなかった。

典型的な貧乏学生で、部屋の中にはテレビはなく、小さなラジオとちゃぶ台と本棚しかなかった。
電話もなかったので、俺は何度か電報を使ったことがある。

半年に一度くらいしか髪を切らなかったし、銭湯も冬場は週に2度とか3度くらいしか行かなかったそうだ。
仕送りもなく、学費も奨学金を借りて乗りきっていたから、基本的にいつも金に困っていた。
飯を奢ったりするのは何となくプライドの問題にも抵触しそうだったので、俺はよく家にある野菜やらカレールウを持って行った。
それで二人してカレーを作って食ったりした。

今の学生からしたら、想像もできない生活なのかもしれない。
しかし俺たちは自由だった。楽しかった。
勉強のこと、好きな女のこと、映画のこと、スポーツのこと、そしてやっぱり好きな女のこと。
喋って喋って歩いて歩いて、疲れたら適当なところに座って、喉が乾いたら公園の水道で水を飲んで、そして歩いて歩いて。

人生はもっとシンプルで前向きで、恋は手に負えなくて空は青かった。

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コメント

大学生の一人暮らし

アメリカで出来た友人から聞いて知ったのは、アメリカでは自宅から通える距離でも大学生になったら家を出る、という話です。大学生になっても親と一緒に住んでいるのは、あり得ないくらい恥ずかしいこと、と聞きました。

学部生には学生寮が設置されているケースも多いそうですが、数人で大学近くの家をシェアするケースが多く、ルームシェアしてた知り合いと卒業後もたまに会ったりして、楽しい想い出となっているようでした。

No title

 リーマンショックという出来事はやはり 大きかったように思う。

 リーマンショック前は、採用面接していても「留学話」を自慢げに語る学生も多かった。

 「留学話」が、リーマンショック以降 激減し、「苦学生」が増えた。「奨学金を借りて」「親元から通って」といった感じだ。
 もっとも 「親元を離れて」が減ったのは経済状態だけではないのかもしれない。「遠くの帝大より近くの私大」みたいな雰囲気も感じられる。

※全て私の感覚で、データ等は一切ありません。

※もしかしたら お金持ちの子息が「メディア関係」を避けるようになって他に行っているだけかもしれんけど。

No title

昔の学生にとっての贅沢品

1)車
2)クーラー
3)電話
4)部屋の風呂
5)テレビ

 クーラーは超贅沢品だった。 オラはクーラーのある部屋にいる友人を知らない。 もちろんオラの部屋にもクーラーなんぞなかった。 扇風機だ。
 
 今考えるとどうやって暮らしていたんだろう?と 思うが、なければないでなんとかなるもんだ。 (昔は涼しかった)

 東北大学などは、「原付」が必需品でみんな原付で大学に行っていた。大学が山の上にあるので、自転車では到底登れないのだ。

 電話も贅沢品だ。
 緊急時には「大家さんにお願いして呼び出してもらう」のが普通だった。もちろん電報という手段もある。 手紙も重要な通信手段だ。

 今は、ポケットWIFI 一個あれば固定電話も携帯電話も不要。 誰かの不要スマホをもらって、WIFIで通信すればいい。いい時代だ。

5999.75

私は学生時代に工学部の後輩と二人で風呂なしアパートで暮らしていた時期があります。
大学の近くだったので、夕方や夜になると、友だちが入れ替わり訪ねてきて。
私はアパートで答案の採点バイトをしたりしながら肉じゃがを作って皆を待ち、それをツマミにギムレットもどきを作って飲んだり。そして深夜には工学部の何号館だかに潜り込んでシャワーを浴びて。
山手線内の移動はだいたい自転車で、深夜に渋谷あたりでたびたび職務質問を受けたり。

幸せでしたね。
無いものも多かったけれど、大切なものは全部揃っていた気がします。

No title

 学校のそばのアパートってのは桃源郷です。

 オラ、仙台で浪人中、東北大学の麓のアパートで一人で住んでいた。
 予備校には全く行かず、毎日 学力コンテストを解いて勉強した気になっていた。

 毎日のように友人が来る。予備校仲間、東北大の友人・・・ みんなオラの家にくつろぎに来るのだ。
 オラは外出するとき、誰か来て閉まっているのが悪くていつも鍵を開けていた。で「何時に帰って来る」と書置きしていた。

 お酒はいつも用意していた。

 こんなんで成績が上がるはずがない。オラは1年の浪人で成績はほとんど伸びなかった。でも楽しかった。

 東京に来て、「終電」という存在がとても嫌だった。
 楽しく飲んでいて時間になるとみんな帰って行く。
 
 仙台みたいに部屋で飲んでそのまま倒れられたら幸せなのに、といつも思っていた。

No title

 この間、高校の時の友人と飲んで「今 こんな生活している」と言ったら、

「全然変わらないな。お前はいつも学校行かない奴だった。要するにサボることが人生の最重要事項なんだろう」

 と言われた。

 そう言われればそうだ。 高校もかなりサボった。高校そのものは大好きだ。 学校まで行って、部室で寝ていたりしたのだ。 夜中に行って部室に泊まったりもした。 学校は大好きだが、授業が嫌いなのだ。

 予備校は全く行かなかった。
 大学もあまり授業には出なかった。

 そして今、こうやってグータラな仕事生活をしている。会社に行かず家で仕事をしているのだ。

 三つ子の魂百までってやつだ。

ニャオ踏んじゃった?!

>東京に来て、「終電」という存在がとても嫌だった。
→上京して、東京では「終電」を気にしなくても大丈夫だという事を知った。明け方まで営業している喫茶店があったのだ。よく下北沢の“ぶーふーうー” あたりでギョーカイの話などしながら『始発』を待った。夜中に酔って帰宅するよりも喫茶店でおしゃべりしながら酔いを冷まして早朝に帰宅する方がずっと安全なのだ。
 そんな懐かしい思い出の詰まった喫茶店・・・今はつけ麺屋さんになっているらしい・・・おそるべし“つけ麺人気”(^^;

> おそるべし”つけ麺人気”

女性人気の拡大が、今後の課題なんだよね。

坪内逍遙の『当世書生気質』のことをwikiで斜め読みしました。
野口英世が改名(清作→英世)をしたきっかけは、同著の登場人物「野々口精作」にあったのですね。

その流れで野口英世のこともwikiで読んでみました(幼少期に伝記を読んで以来)。
戸籍名を清作から英世に変更するために術策を弄したり、パトロンであった血脇守之助の月給を上げさせたり資金を獲得させたりするために血脇に秘策を与えたりするなど、野口英世はなかなか面白い人ですね。医師でなくコンサルとしても成功したかもしれない。(血脇も血脇で、ただ者ではない)

ほかにもwikiで彼のエピソードを読んだだけでもツッコミどころ満載。
野口英世のことがちょっと好きになりました。

No title

 先日、ちょっと面白い話を聞いた。

 例えば喫茶店でランチを食べる。最後にコーヒーか紅茶が付いてくる。

 仮に 頼んだ物と違う飲料が来たらどうするか?
(コーヒーを注文したのに紅茶が来たら?)

「そのまま飲む」 か 「すみません、コーヒーを頼んだんですが」とか言って換えてもらうか、という話だ。

 平均を取ると、だいたい20%〜30%の人が「そのまま飲む」んだそうな。
 ところが 母集団を20代の若い人にすると 60%くらいが「そのまま飲む」らしい。 

 理由は様々だろう。 面倒だとか、そもそもどっちでもいい、時間がない・・・ まあ とにかく若い人の方が「そのまま飲む」ということらしい。

 ちなみにオラん家で聞いてみた。
「換えてもらう派」・・・ 鬼嫁 「絶対換えてもらう。だってコーヒーを飲みたくて頼んだんでしょう?」

「そのまま飲む派」・・・オラ 長男 次男

 次男「クレーマーと思われたくない」
 長男「よほど嫌いなものでない限り どれでもいい」
 オラ「言うのが面倒」

 オラん家だと 75%だ。

No title

 全然関係ないが、アメリカのショットバーで
オラが「レッドアイ 」を注文したら「赤ワイン」(レッドワイン)が出て来たことがあった。

 これはオラの英語力の問題。
 もちろん そのまま飲んだ。

 

>これはオラの英語力の問題。
 もちろん そのまま飲んだ。

→おそらく・・・騙されただけではないかと(^^;
 私は、オーダーと違う品物が届いた時はすぐに交換してもらうかキャンセルしますよ。
 海外では常宿のコンシェルジュの方におすすめレストラン&メニューを教えてもらい、電話予約とタクシーの手配をしてもらっていました。それでも注文の時はその都度メニュー表でオーダー品と金額を確認、会計の時も全て再チェックしてから支払っています。 

 知人は無料のソフトドリンク(レモンスカッシュ)を注文したら、満面の笑顔でスコッチ(有料)を出されたそうです。

No title

オラ こんしゅるじゅ? なんぞいるホテルに泊まったことねーだ。

No title

アメリカのレストランでいつも困るのが、「ドレッシングは何か?」と聞かれたときです。

「何があるの?」と聞くと、ウェイトレスは「ぺらぺらぺらぺら フレンチ(これは嫌い)ぺらぺらぺら サウザンド ぺらぺらぺら・・・」と得意げに説明してくれるけど、ほとんどわからない。
だから、いつも「サウザンアイランド」と答えてます。
でも本当に私が好きなのは和風ドレッシングです。

サウザンアウランド、がサザンアイランドなのかサウザンドアイランドなのか、今まで知りませんでした。
さっきウィキで調べたら、サウザンドアイランド、が正解なのね。

ルンルン千鳥足日記

>オラ こんしゅるじゅ? なんぞいるホテルに泊まったことねーだ。
→ひょっとして、現地妻付き社宅が用意されていたのでしょうか?

 昨日は22時まで残業してしまったので、今日は有給をいただいて、朝から電車でボジョレー・ヌーボー試飲巡りをしてみました。比較的デキが良いと感じたので、お安いものでも大丈夫じゃねと思い800円代のボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボー を購入。生ハム&パルメザンチーズ&グリーンオリーブ入りサラダと海鮮パエリア。畑でとれたタマネギ&トマト&パセリのスープと一緒にいただきました(^^)

 米語は言葉の頭にアクセントがあり語尾をしっかり発音しない場合が多いので「千の島」はサウザン(ド)アイラン(ド)に近い音になるのではないかと思います。又、頭が母音で始まる単語は前の単語の語尾と合体するのでRed eyeは「ゥレダィ」に近い音になるのではないかと・・・個人的にはそう思っております。ちなみに私はフレンチドレッシングが好きなのでよく作りますが、市販の白いフレンチドレッシングは嫌いです。

「ハッダッ」という食い物

ロサンジェルスのドジャースタジアムでホットドッグを頼むときは、「ハッダッ」と言うと伝わります。パンチョ伊東に教わりました。
でもサンフランシスコのキャンドルスティックパーク(昔のSFジャイアンツの本拠地)でホットドッグを頼むときに、「ハッダッ」と言っても通じません。
「え?」という感じに訊き返されます。
サンフランシスコでは「ホットドッグ」と日本語英語で言った方がうまくいきました。

ちなみにフレンチドレッシングが好きです。
でも市販されているのはみんなイマイチなんだよなあ。
今度Geminiさんに作ってもらいたいです。

No title

 「ゥレダィ」みたいに リエゾンを綺麗に話せる人は英語ができる人である。というか英語にコンプレックスのない人ね。 
 苦手なやつは気恥ずかしくてリエゾンできないのだ。

 ゴルフキャスターに戸張捷さんという人がいる。
 有名なので、ゴルフを見ない人も名前くらいは知っているかもしれない。

 この人、英語ができる。 というか英語ができるからアマチュアなのにゴルフの解説者として働けるのだ。

 さて、この戸張さん、有名な話で「7I 」を 「ななばんないあん」と言ったそうだ。 「セブンナイアン」ならわかりますよ。  戸張さんは、日本語の「ななばん」 の最後のnが アイアンのアとリエゾンしているのだ。
 ほほほ。

ベジタリアンなオトコたち

>サンフランシスコでは「ホットドッグ」と日本語英語で言った方がうまくいきました。
→そうでしたか・・・流石戦前からJapantownのある町ですね。大阪のおばちゃんみたいな人たちが日本語で「だから○○言うとるやないか。ちょっとアンタ聞いとるんか。」(←大阪弁のつもり)とか言ってる姿が目に浮かびます(^^;
 叔母が高校卒業後すぐに結婚してずっとロスに住んでおります。英語が得意だったというわけではないので苦労したのではないかと思っていたのですが・・・それほどではなかったのかもしれません。
 おそらく強く主張すれば日本語英語でも通じるはずだと思っています。けれども、日本人はおとなしすぎるのです。だからまんまと言いくるめられてぼったくられるのだと思います。
 最近の若い男性はファッションやコスメでは思い切り自己主張をしてくるのですが・・・従順で穏やかな指示待ちクンばかり。こちらとしてはとても仕事がしやすいのでけれど・・・心の中では密かに彼等の将来を心配しています。ハルビン・カフェ様のお子様方の武勇伝を聞くと何故だかホットいたします(他人事感満載)

大地を踏みしめる母

>野口英世のことがちょっと好きになりました。
→『シカという女性を知っていますか?』某掲示板で何度か書いたことがございます。野口英世の母“野口シカ”。幼少期から家計を支えるために教育を受ける事も無く複数の力仕事を掛け持ちして黙々と働き続けてきた女性です。アラフィフ近い年齢になってから村人達のために必死で文字を覚え産婆資格を取得。村でたった1人の産婆としてたくさんの命を取り上げました。誰もが知る野口英世はそんなお母さんの愛息です。
『洟をたらした神』という作品で76歳にして作家デビューした貧しい開拓農民『吉野せい』彼女もまた子供を信じ深く愛する母でした。彼女の文章にも我が子への深い愛情が溢れています。
 昔、某掲示板に“田舎者の母”というHNの方がいらっしゃいましたが、おそらく彼女もそんなたくましく愛情深い母親になりたいと願っていたのではないかと・・・そんな風に思っております。

 ちなみに私は岡本かの子のように都会的なお母さんも好きです。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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