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福澤諭吉、何を思うか

福澤諭吉という人はいろいろ調べるのに値する大人物であるが、死んだ後もなかなか凄い。
といっても彼の思想やら何やらではなく(勿論それも凄いが今回は別の話)、死んだ後、ミイラとなって再度降臨したというのが凄い。
筋が飛躍したので順を追ってお話ししましょう。

福澤は1901年に亡くなり、正福寺に埋葬されます。火葬ではなく土葬。勿論これが後の騒動の伏線になります。
さて正福寺が廃寺状態だったので、常光寺が後を引き継ぎます。これが二つ目の伏線。

やがて昭和になって常光寺が建て替えすることになった。ところがこのとき常光寺が、墓の所有者は浄土宗信徒に限る、なんてことを言い出した。
困ったのは福澤家で、福澤家は代々浄土真宗なんですね。それで改葬する運びとなった。

しかし変な話だなあ。「墓の所有者は浄土宗信徒に限る」なんて。
勿論宗教の話だから、外部がどうこう言っても仕方のない話でしょうが、浄土宗と浄土真宗なんて、兄弟みたいなものじゃないか。
兄弟だから却って仲が悪いのかな。

それにしても常光寺だって、そんなこと言えば福澤家を追放することになることなんかわかっていたはずなのに、一体何だって「浄土宗に限る」なんて言い出したのか。
そこのところの顛末は、福澤諭吉や浄土宗に詳しい人に任せるとして、話を急ぎます。

さて、1977年(昭和52年)福澤諭吉の遺体を掘り出してみると、これがミイラになっていたとのこと。
遺体は死蠟化して、両目と足の指以外は死んだときのままだったそう。こうなった理由としては、深く埋葬されたことや、棺の中を地下水が満たしていたこと、また棺の中に張ってあった青銅が銅イオンやらマグネシウムイオンやら飽和脂肪酸やらが、うまくやったんでしょうな。

さて、昭和の時代にミイラとしてよみがえった福澤諭吉は、自ら設立した慶應義塾大学がその理念から乖離甚だしことに憤慨し、当大学に乗り込み学長以下幹部職員を一喝する。
はじめは神妙に福澤の叱責を聞いていた幹部たちだったが、やがて福澤翁の前世紀的な自由思想が自分たちの地位を揺るがすことに危機を感じ、全員で押さえつけ、みたびの復活を許さないために今度は火葬にして野辺の送りとした。

福澤は今では麻布山善福寺に眠っている。
眠っていると書いたが、さすがにもう一度起き出して、三田に乗り込むことはあるまいから、多くの関係者諸君は安心したまへ。
(一部に嘘が混ざっていますから、大人はともかく、子どもは注意して読んでくださいね)

尤も昨今の幼稚舎の不祥事を見るにつけ、再度復活することがないとは言い切れない。ただその時は、前回のようにミイラの姿をまとうことはないだろう。
前言撤回。関係者諸君、安心するのはまだ早いぜ。

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コメント

No title

  高額紙幣の肖像になるのも良し悪しですニャン。  昔は「お金」「大金」という言葉の代わりに「聖徳太子」なんて言った。 今は 福沢諭吉だ。
 つまりお金のイメージが着いてしまうのだ。
 
 そのうち渋沢栄一になるのかもしれないが、
早晩 高額紙幣そのものをほとんど使わなくなることが考えられるので、渋沢栄一とは言われないかもしれない。 なんかスマホで高額決済するときに関係するもの・・・が隠語になるかも。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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