FC2ブログ

記事一覧

1年経ったから、考えてみよう

人間の宿命として、熱しやすく冷めやすい。
このことを日本人の特性として挙げる人がいるが、(多少の上下はあるかもしれないが)実際は国籍・民族にかかわらず、だいたいの人間は「熱しやすく冷めやすい」。

かつてシベリアン・ハスキーの捨て犬が急増したことがあった。あんな犬が野良犬でそこら辺でウロウロしているのは剣呑な感じがするが、この原因は『動物のお医者さん』(佐々木倫子)の大ヒットであったらしい。
あれで「シベリアン・ハスキー、かわいい!」ということになり、あんな寒冷地型大型犬が温帯湿潤気候(夏は亜熱帯!)の日本でうようよ飼われ、挙句に捨てられたのだ。
そりゃあ、「かわいい!」なんてノリで飼えるほど、気楽な犬じゃないからなあ。

こんな風に過去の熱狂を冷めた目で見るのは、アンフェアだが楽しい。
例えば1年ほど前、日大タックル問題と言うのがあった。あれで日大は随分痛い目に遭った。
このブログ的に言うと、あれだけ付属中学人気が高まって、どこもかしこも「付属」とついているだけで中学受験者の出願数が爆上げしたにもかかわらず、日大系だけは前年割れしたのだから、関係者諸君はその損害を計算したくもないだろう。

閑話休題。
常連の皆さんはすっかりお忘れかも知れませんが、このブログのタイトルは「中学受験のギャップ」です。
「男と女の欲望のギャップ」でもなければ「ビールとウイスキーと時々中学受験」でもありません。

さて、日大タックル事件だが、あの時はかなり世間は日大に厳しかった。まあ、それは仕方がない。
それでいて俺が不可思議だったのは、実行犯の選手に世間は温かったことだ。

記者会見で顔出ししてきちんと弁明したことが、高評価につながったのだろうが、それでも俺は納得できない。
まあ、一年経ってみんな冷静になったろうから言うけど、3回もパーソナルファウルを犯すような奴は、スポーツをやるべきではない。

「いや、監督に言われて、彼は仕方なくやったんだ」という論調があったが、それなら猶更だ。
自分で考えずに、監督(上司)からやれと言われたからやりました、と言うような奴はとんでもなく危険な種類の人間だ。
あんなレイトタックルを受けたら相手がどんなダメージを受けるか、そこに想像力は働かなかったのか。それも3度も。

勿論、一方的に彼を断罪するわけにはいかない。
当時彼には日本代表への参加辞退を求められらるなど、かなり強いストレスがかけられていた。
そうした中で試合当日コーチから「できませんでしたじゃ、すまされないぞ。わかってるな」と念を押されたり、過度なプレッシャーを受けてもいたようだ。

しかしこれは、連合赤軍やオウム真理教の手口と一緒なんだがなあ。
どうしてああした事件から学ばないのだろう。特に若い連中は、一番犠牲になりやすいというのに。

ここで著名なナチハンターのひとりである、エリオット・ウェルズの言葉を付して幕としたい。

「残酷な人間の残酷さなど、思考停止した人間の残酷さの前では赤ん坊同然である。」

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験情報へ
にほんブログ村

後記

監督にやれと言われたから、スポーツマンシップを否定するようなプレイをした人間を(何度も書くが、3度もやったのだ。1度や2度では何をやっているのかわからなかったのだ、彼は)、「高須グループが欲しい人材」と表明した高須克弥氏は、どういうつもりだったのかな。
勇気があって潔い、と思ったのか。だとしたら随分と「熱しやすい」人なのだろう。
あるいは73歳(当時)にしては随分薄っぺらいのか。

ちなみに高須氏は映画『意思の勝利』(レニ・リーフェンシュタール 1934年)を見て

>役者の演技は全て嘘だが
>ナチスの将星は嘘の演技なんかできないんだからね

などと書いちゃうぐらい、無知なピュアな人だから、あとは推して知るべし、か。

スポンサーサイト



コメント

悪口大会

気温が高くなると、悪口が多くなります。
夏休みがないことも影響しています。
高須氏やかの選手にとってはいい迷惑でしょう。

二つコメントさせてください。

まず、日大タックル問題は「リスキーシフト現象」の表れだと私は見ています。
「リスキーシフト現象」とは、普段は穏健な考え方をし比較的節度を守って行動することのできる人が、大勢の集団の中では、その成員が極端な言動を行ってもそれを特に気に掛けもせずに同調したり、一緒になって主張したりするようになっていくことをいいます(wikiより)。
「閉鎖的な組織」「絶対的リーダーの存在」「強度のプレッシャー」といった諸条件が揃うとリスキーシフト現象を引き起こしやすいと言われているようで、JGさんが挙げられた連合赤軍やオウム真理教においてもこのリスキーシフト現象が生じていたのだと思います。

つぎに、これは日本人が特にそういう傾向にあるのかどうなのかわかりませんが、「誰のどの行為がどのような責めを負うべきものであるか」という分析的な思考が弱いように感じます。
当該選手には出場資格停止処分が下されはしましたが、確かにあの時の世論では監督・コーチ側(日大側)が一方的に責められていたように思います。
もちろん監督側の行いはまずかったろうし、大学側の会見など事後の対処もまずかった。しかし、「誰のどの行為がどのような責めを負うべきものであるか」については分析的に見ていく必要があるから、頭を冷やして個々人の個々の行為がどのような規範に違反していたのかを問わなければならない(なんだか日大タックル問題は吉本興業問題に似ているな…)。

ここで急に、中高生向けの法学部への勧誘になりますが(笑)、法学は、ある主体(自然人や法人)とある主体との間にどのような権利義務関係や法律関係が成り立つかを分析する学問です。多数の当事者が絡む複雑な問題であっても、それを腑分けして、誰と誰との間にどのような関係が認められるのかを法的に分析するわけです。
学問はどれも「この世界をどのように切り取るかについての一つの目を獲得するもの」だと私は思っていますが、もし上記のような目を獲得したいなら、若者よ来たれ法学部へ!(大学をさぼっていたお前が言うな、という声がどこからか聞こえてくる)

No title

>監督(上司)からやれと言われたからやりました

社会というのは有形無形の圧力、がある。
(つまり明確に指示がなくても 不正をやる雰囲気、あるいは不可能なノルマという場合もある)
 日本社会は同調圧力が強い、とも言われる。

 あらゆる業種にこういう危険性はあると思う。

「自分は大丈夫」「そんなことはしない」と本当に自信を持って言えるだろうか?

 オラ、人の命を左右するような、他人の人生を左右するような仕事につかなくて正解だったと思っている。  オラは周囲に流されてとんでもない仕事をしてしまう可能性が高い。 

 雰囲気に流されて建物の構造計算を偽装する。
 コスト削減の圧力で安全装置の数値を偽装する。
 まあ 同じような構造だ。

 更に言えば、例えば 信じられないような冤罪事件があったりする。 (警察官が証拠をでっち上げるような故意の冤罪事件だ)
 その時、 同僚や上司の警察官、検察官、裁判官、誰一人 疑問を持たなかったのだろうか。 これは冤罪かもしれない、と思わなかったのか?
 
 そんなことはないだろう。「これは冤罪かも」と思ったに違いない。 でも組織の論理、自分の評定、出世など社会の圧力に負けて「見て見ぬふりをした」。

 「思考停止」する人はどこにでもいるのだ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

最新コメント

最新コメント