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マーロウ、タダ働きをする~『赤い風』(レイモンド・チャンドラー)

高校生の時に、「外国の小説を翻訳したい」と思い立ったことがあった。いきなりの衝動で、今もって根源的な理由はさっぱりわからない。
ちなみにこの場合の「外国」とはもちろん独仏露西中伊なわけがなく、つまり英米。
それもシェイクスピアやホーソーンには目もくれず、ドイル(『シャーロック・ホームズ』)、クイーン(『Yの悲劇』)に触手を伸ばしたところからすると、俺自身「根源的な理由はさっぱりわからない」とは言い切れない気もするが。

さて、紆余曲折あって手に入れたテキストは、レイモンド・チャンドラー(『フィリップ・マーロウ』)の短編集『赤い風』。
古本屋で廉価で売っていたこと、チャンドラーはきっと英文もカッコいいに違いないと思ったこと、そして短編だからすぐに終わるだろうと、そんなことが要因だった。

ところが違ったね。訳しても訳しても終わらない。
文章が長いんじゃなく、訳すのが遅いんだからしょうがない。高2の秋、俺の心の中は、ほとんど赤い風が吹きっぱなしであった。

さて、ここからが本題。『赤い風』のお話。
内容に触れることになりますので、後々『赤い風』を読みたいから内容は知りたくない、という方は、****で区切ったところを抜かして読んでください。


**********

この小説は「哀れな女」の話である。
この女は若い頃、好きな男から真珠の首飾りをもらった。その男は事故で死んだが、女はその首飾りを後生大事に持っていた。
やがて女は結婚する。しかし首飾りが盗まれ、それをネタに恐喝されることになる。
いまの旦那を愛してる女は進退窮まってしまう。

ここまでが縦糸だとすれば、マーロウが遭遇した射殺事件は横糸である。
この射殺犯に銃口を突き付けられたマーロウは、女の機転で難を逃れることができた。
「あなたがやったのは、せいぜい私の命を助けてくれた事くらいです。何でもしましょう」
マーロウは女のために真珠の首飾りを取り返す。

実を言えば真珠の首飾りは偽物だった。事故で死んだ男は、女のことなんか愛してなかったのだろう。
マーロウはその偽物の「偽物」をつくり、女に伝える。
「本物の真珠の方はもう売り飛ばされたんだろう。留め金だけ残して、こんなまがい物で君を強請ろうとしたんだ」

マーロウは無給で一連の仕事をやり遂げ、さらに偽物の「偽物」まで自腹を切って作り、女のプライドを護る。
マーロウにそこまでやらせた原動力はなにか。恋心か、それとも死地を救い出してくれた感謝か。

別れ際、女は穏やかにこう言った。
「きょう主人から、意外なことを聞いたの。別れたいって。だから今日は、わたし、あまり笑えないの」

「哀れな女」だ。初めて心から愛した男からは偽物を贈られ、それを心のよすがに生きてきた。
そして新しい男との愛のために苦境に立たされたというのに、肝心の男からは離婚を言い渡される。

しかしこの「哀れな女」は、決して「哀れな」だけではない。
マーロウも別れ際、こんなセリフを残している。
「何かまずいことが起きたなら、ぼくに教えてくれ」
「哀れな女」ことローラ・バーサリィは、のちにマーロウ夫人となるリンダ・ローリングよりも、俺の中でずっと強い印象を残して小説から退場する。

**********


ラストシーンでマーロウは、マリブへと車を走らせる。
彼の中で「事件」を決着させるために。

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コメント

No title

 オラ、就職してから英語を勉強したことがあった。
なんぞ習い事をすると国から給付金が出る(8割だったかな?)という制度があり、だったら、と英会話学校に通ったのだ。

 その時、一念発起して小説を原書で読んでみた。
 「ジャック・ヒギンズは読みやすいよ」という友人の言を信じて買って読んだのだ。辞書を引き引き読んだので半年くらいかかった。

 で、後でハヤカワ文庫の日本語版を読み直してみた。  そしたら一部分 勘違いして読んでいたことがわかった・・・  主人公の属性を間違って読んでいたのだ。  違う小説を読んだような感じだ。
 ふふふ。

新しい小説が生まれるとき

>違う小説を読んだような感じだ。

これこそが、我々「素人翻訳」の醍醐味でしょうな。
テキストを誤訳して新たな小説が出来上がる。
それは神の配剤です。 ←オオゲサ

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Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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