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中学受験をする家庭の処世術

中学受験というのは、昔に比べれば特殊ではなくなったとはいえ、まだまだ特別な香りのする世界だ。
ましてや「中学受験」に興味がない、あるいは興味はあっても種々の理由で参戦しない家庭からすると、そこにはちょっとした「否定したい」気持ちをくすぐるモノがある。
(特に後者の家庭にとっては)

よく聞くことだが、中学受験の話題になると否定派から、「まだ小学生なのに、あんなに勉強させられてかわいそう」という言葉があがる。
それに対応して肯定派からは「楽しんでやってる子どもも多い」という反論がなされることもある。

この双方に関して、俺としては異論がある。
まず否定派の「まだ小学生なのに、あんなに勉強させられてかわいそう」を俎上にのせよう。

小学生だろうと中学生だろうと、がっつり知識を詰め込んだり、脳ミソをぐるぐる廻したりするのは必要だ。
無論万人に必要かどうかは議論しない。しかし必要だと思うなら鍛えるしかない。そしてそれは子どもに判断できる話じゃない。
それを第三者が「かわいそう」と言うのはわからなくもないが、「だからやめるべき」というのはお節介だ。
そのうえ中学受験塾で行われるあの程度の学習を「虐待」と仰るなら、日本は「教育国家」の看板を外した方がいい。
高く積み上げた知識を前提としないアクティブラーニングなど、単なるオママゴトだから。

次に肯定派の「楽しんでやってる子どもも多い」。
そりゃ楽しんでやってる子もいるだろうが、それは勉強という長い場においての、限られた時間(瞬間)であるケースがほとんどだ。
中には始終楽しんでた、という鬼のような奴もいるだろうが、そんなのは稀だ。そのレアケースを基に反論したって意味はない。

それは「うちの子、東大理三ですけど、毎日1時間しか勉強しませんでした」とネットに書き込むようなものだ。
それがたとえ真実だとしても「だから何?」と返されるのがオチだろう。
ましてやリアルの世界で「うちの子、楽しんで勉強してる」なんて、絶対言わない方がいいね。リスクが高すぎる。
思ったより安かったら別荘買っちゃった、ぐらいの危険ワードだと思った方がいいですよ(場合によってはそれより警戒レベルは高い)。

で、ここからが中学受験をするご家庭の処世術。
もし「まだ小学生なのに、あんなに勉強させられてかわいそう」と言われたら、

いやあ、うちの子、あんまりやってくれないのよ。
テレビで見るような、あのぐらいやるなら、少しはかわいそうとも思うんだけど、宿題はやったりやらなかったり、やってもパッパと書いておしまい。なんかテキスト写してるだけって感じ。
この間の休みも結局ずっとテレビ見てるし、あー、少しは勉強してくれないかなあ。

というようなことを、笑い話テイストで話すぐらいがいいんじゃないかな。
ああ、そうそう、決して、「あなたの家も中学受験させてみたら」なんて言っちゃいけない。
でも言いたいなら止めはしないけど。……

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コメント

これはカエサルの言葉、「多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」の一つの表れなのでしょうね。

ある人は「かわいそう」と言う。
またある人は「楽しんでいる子も多い」と言う。

いずれの視線も基本的には、「子ども(本人)がどう思っているか」ではなく、「大人が子どもをどう見ているか」というものになっている。

受験生一人ひとりの違いを捨象して十把を一つにからげても、おそらく真実は見えないのでしょう。
また、同じ一人の受験生を見ても、あるときはかわいそうで(暗記物もうやだぁ〜)、あるときは楽しんでいるのでしょう(解けなかった問題がすらすら解けるようになったよ!)。
常にかわいそう(本人が常に苦しんでいる)なら、勉強の仕方を考え直したほうがよいと思いますが。

さらに言うと、これは完全に個人的見解ですが、受験勉強は、楽しんでやらなくても構わないと思っています。もちろん楽しめるならそれに越したことはないですが、一番大事なのは、なぜ自分が受験勉強をするのかについての「納得」と「覚悟」だと思います。

人が真に勉強に没入するとき、その勉強のまっただ中においては、楽しいとか苦しいとかの感情は消え去る(感情の起点となる自分自身の存在すら霧消する)・・・はず。
勉強が楽しいとか苦しいとかいうのは、勉強というものに対して事前にあるいは事後に外側から貼り付けるレッテルに過ぎないのかもしれない。

困ったときの小林秀雄①

>もし「まだ小学生なのに、あんなに勉強させられてかわいそう」と言われたら

そうよねえ。かわいそうな面もあるかもしれないわねぇ。

でも、小林秀雄さんがこういうことを言っているの。「確かなものは覚え込んだものにはない。強いられたものにある」って。

この言葉の真意はよくわからないけど、うちの子に覚悟があるのなら、強いられた勉強からでも何か確かなものをつかみ取るかもしれない。それが合格という形であればいいけど、別の何かでもいいのよ。あははは〜。


……なんて言えないなぁ

No title

鬼嫁は 問答無用で「うちの家に生まれたら勉強しなきゃいけないのよ」と息子に言っています。

 ほほほ。

 こういうすごい論理を展開できるのが鬼嫁の特権だ。 オラにはできない。
 

※流石に
「中学受験ってかわいそう」と言われて
「うちの家に生まれたからには宿命よ」とは言っていないと思うが・・・

 そもそも面と向かって「かわいそう」という人は同世代にはいない。 ジジババ親戚は思っているかもしれないが、とりあえず何も言わない。 


※中学受験なんてかわいそう、と一番思っていたのは 4年前のオラだ。  鬼嫁がサピックスの資料をもらってきたとき まじか? と思った。

中学受験したいのに、させてもらえない方がよっぽど可哀想だと思いますが、そんな事言ったら火に油なんでしょうな。中学受験反対派(および揶揄派)からしたら。

No title

通える範囲に公立中高一貫があれば、とりあえず受けてみたら?  
 とオラは思う。

 受験するデメリットがほとんどないと思うからだ。
 塾に行くのもよし、独学もよし。
 少しでも中学受験に興味があって、でもサピックスなんて虐待っぽくて嫌だという家庭は公立を受験してみてはいかがだろうか。

 最大のデメリットは「落ちる可能性が小さくはない」ということだが、落ちるのもいい経験ではないだろうか。

※揶揄派の感情はそんな単純なもんではないのかもしれんが・・・

うちは幼稚園お受験の際、幼児教育に関する書物を沢山読んだ(読まされた〜笑)。

この知識経験が我が家の教育の基本をなしている。幼児期の事物教育、耳を退化させない取り組み、知識があることはカッコいいという刷り込み等だ。

そして本人が中学受験に向き合うことになったモチベーションの決定打は全国高等学校クイズ選手権、所謂クイズ甲子園だ。灘、開成などの名だたる学校の生徒の活躍を見て自分もああいう所で生活してみたいと思ったという。その時は灘や開成には女の子は入学できないことは言わなかったが。

さて、我が家の中学受験は子供の選んだものなか、親が強制したものなのかどちらだろう?

知識を発揮するときのカッコよさ

>そして本人が中学受験に向き合うことになったモチベーションの決定打は全国高等学校クイズ選手権、所謂クイズ甲子園だ。

結構あの番組、知識系子供たちを誘ってますよね。
最近純粋な知識系から逸れているような感じがして残念だけど。

>さて、我が家の中学受験は子供の選んだものなか、親が強制したものなのかどちらだろう?

これは啐啄同時でしょう。

家訓

>鬼嫁は 問答無用で「うちの家に生まれたら勉強しなきゃいけないのよ」と息子に言っています。

これは凄い!
家訓として額に入れたいぐらいだ。

もう10年ばかり早く知っていたら、俺もこのセリフを使っていたな。

No title

さて、夏が終わる。

 アホ息子は二人とも 今日も明日も「宿題」だ。
サボっていてたまった宿題を片付けるのだ。
まあ テキトーに頑張れ。

 受験生はここからが本当の勝負だ。 
 秋である。 秋の偏差値は言い訳ができない。
 合否に直結するのだ。

あー あのプスプスと脳みそが沸騰する感じを少し思い出した。

中学受験大変だったなあ。

※公立行ったアホ息子2号は 今頃になって「やっぱり●●行けばよかったかなあ」なんぞ言っている。
 理由を聞いたら同級生に「受かったのに行かなかったの? なんで? 勿体無い」と言われたらしい。 ほほほ。 まあ自分で選んだ道だ。 高校受験で頑張れ。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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