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直木賞の功罪

先日このブログのコメント欄でハルビンカフェさんが

>いいたいことがたくさんあるのは直木賞だ。
> 最終選考はまあどーでもええが、そこに残す過程に問題あり。 きちんと作品を精査せず、「評価された作家」に後出しで賞を出す傾向がある。

と書いていた。
これは実は日本文学界における大問題なのであるっ、バンバンッ(机を叩く音)

直木賞と芥川賞は文藝春秋社という私企業の賞なので、それほど目くじら立てるほどのないことのように思えるが、ここまで影響力が大きくなるとそうはいかない。
たとえばある作家を紹介するときに、代表作を幾つか羅列することがある。その際に直木賞作家なら受賞作を外すわけにはいかなくなり、「『○○○○』で直木賞を受賞し」と表記することになる。
そしてそれを見た人は、「直木賞取ってるのか。『○○○○』を読んでみようかな」となる。

そして『○○○○』が傑作ならば問題はないのだが、あるいはその作家の平均よりも面白い作品ならば問題はないのだが、まったく論外な作品だったらどうなるだろうか。
「こいつ、つまらんわ」
ジ・エンドである。

たとえば連城三紀彦は『恋文』で直木賞を取っているが、どう考えても連城三紀彦の代表作とはいえない。
『恋文』を読んで「つまらん」と思って、『暗色コメディ』や『夜よ鼠たちのために』『戻り川心中』も読まなくなってしまうのは勿体ない。

半村良もひどいことになっている。
半村良と言えばSFの大家である。『戦国自衛隊』であり『妖星伝』である。
でも受賞作は『雨やどり』。なんじゃそりゃ。

いくら文藝春秋社にSFやミステリ評論のノウハウがないからって、ちょっとひどすぎやしませんかね。

ちなみに文藝春秋社はSFやミステリだけでなく、大衆小説の評論ノウハウもないようで、色川武大は『離婚』で受賞しているが、どう考えても阿佐田哲也の『麻雀放浪記』だろうよ。
(1969年発表なので、上半期なら対抗馬は佐藤愛子『戦いすんで日が暮れて』、下半期なら対抗馬なし)

景山民夫はある種残念なことになっている。
彼は『遠い海から来たCOO』で受賞している。しかし彼の代表作は、100人のうち少なくとも90人が『虎口からの脱出』を選ぶだろうが、発表年が悪かった。
1986年は上半期が皆川博子『恋紅』、下半期は逢坂剛『カディスの赤い星』、常盤新平『遠いアメリカ』。ツワモノぞろいだが、同時受賞ぐらいしてあげてもよかった。

ところが1989年には原尞『私が殺した少女』に授賞しているので、あらら、ミステリ評論力がこの辺りでついてきたのだろうか。
そのくせ翌1990年は泡坂妻夫『蔭桔梗』に授賞。2周回遅れの様相である。

ハルビンカフェさんが書くように、宮部みゆきに『理由』(1999年)ではなく『火車』(1993年)で授賞していたら、文藝春秋社はカッコよかった。高村薫『マークスの山』だろうと、大沢在昌『新宿鮫 無間人形』だろうと、負けてない。同時受賞でも許したる。

2000年の船戸与一『虹の谷の五月』の凄い違和感。さんざん傑作を書き続けた作家の、三番手ぐらいの作品に賞をあげる意味とは何か。

2003年の石田衣良『4TEEN フォーティーン』も興味深い。処女作であり傑作の『池袋ウエストゲートパーク』だけは候補に挙げず、2作目3作目を候補にして、4作目で授賞。
「『池袋ウエストゲートパーク』って評判良いなあ。じゃあ石田衣良の次の作品は候補にしよう」という心情が透けて見えて、文藝春秋社の「本当にいい作品を見る目がない」ということを立証してしまった。

もうこうなってくると、2005年東野圭吾『容疑者Xの献身』、2009年北村薫『鷺と雪』、2016年恩田陸『蜜蜂と遠雷』ぐらいでは驚かない。
しかしそんな俺でも2017年佐藤正午『月の満ち欠け』には驚いた。30年選手をつかまえて直木賞とは……。

とはいえ、先日幻冬舎の見城徹氏のtwitterで明らかになったが、作家というのは売れていない人は売れていない。名前を聞いたことがあっても、結構売れていない。
(津原泰水はなかなか面白い作品を書きます。売れてませんけど。『蘆屋家の崩壊』やその続編の『猫ノ眼時計』が面白かったです。もし『猫ノ眼時計』を読むなら文庫本がおすすめ。ボーナストラックが収録されてますから)
となると、20年30年なんとか食っていけていけてるレベルなら、直木賞はやっぱり慈雨なんだろうな。


※現在直木賞の運営は「財団法人日本文学振興会」であるが、無論その実態は文藝春秋社である。
※東野圭吾も北村薫も恩田陸も佐藤正午も、勿論「なんとか食っていけていけてるレベル」ではない。大作家である。

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コメント

No title

 オラがミステリを狂ったように読んだのが 1990年頃から2005年くらい。

1990年頃何があったか?
「このミステリがすごい」が創刊されたのだ。(ウイキを見ると1988年創刊)

 この本はオラには新鮮だった。

 それまでは直木賞や芥川賞、そして朝日新聞などの「超上から目線」の書評しか判断材料がなかった時に「オラ目線」に近い書評本が現れたのだ。

 創刊当時は、 権威に反抗して、読書のプロが本当に面白いものを選ぶ、という雰囲気があった。 

 「このミス」というのは、数十人の書評家、本好き、大学のミステリサークルなどが、それぞれ順位付けをしてその総合点でランキングするというもの。2年くらい見ていると「オラにあった書評家」とかがわかって来る。「この人の一押しなら読んでみるか」って感じになるのだ。  

※その後オラは彼ら書評家と仕事することになる。で、このミスでオラが信頼する書評家(茶木さんという人)は、オラが仕事した書評家連中には大変評判が悪かった。ふふふ


 ミステリを読んで、年末に「このミス」を買う。そして読み逃したミステリを読む、という生活が15年くらい続いた。 そしてミステリ生活はある日終わりを迎える。 結婚なんぞして子供が生まれたのだ。 本を読む時間などない。 子育て、食事作り、そして中学受験である。

※と、結婚が諸悪の根源のように書いているが、実際の原因は「目が悪くなった」ことだと思う。本を読むと目が疲れてしまうのだ。長い時間読めない。

※今は、「このミス」も「権威」になってしまった感じがある。残念だ

ミステリ書評に権威が必要だった時代なんて、今のキッズには想像もつくまい

「このミス」が「権威」となった今でも、「このミス」が作った「反権威」の流れは生きているようです。
今ではインターネットに個々の人が感想を載せていますので、レベル差はありますが、書評の裾野は広がったでしょう。

尤もそうした在野の書評家の一番の功績は、新刊の書評よりも埋もれた名作佳作を掘り起こすことのようですが。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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