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ロジック、時々ハッタリ

商売柄、口先で相手を煙に巻くことが多い。時には財布を出させてそのままお金をいただくこともある(たとえ話ですよ)。
その際には「勢い」で話をまとめることもあるが、多くの場合は「ロジック」で話をつける。

ロジックは便利だ。
ロジックは美しい。
ロジックは楽しい。
そしてロジックは人を騙すのに最適でもある。・・・・・・などと書くと人聞きが悪いが、ロジックに弱い人間(会社)は、そもそもビジネスでは不適格なのだ。

無論ロジックは万能ではない。
ことにビジネスの現場においては、ちょっとしたリベートが鉄壁のロジックを無残に打ち壊すことなど日常茶飯事だ。

しかしそれでもロジックは有用である。
なぜならロジックは多くの人間にとって共通言語だし、長い目で見ればビジネスの成功に貢献大だからだ。また金のかからないことも魅力的だ。
だから「"ロジカル思考バカ"がまるで使えない理由」(プレジデントオンライン)なんて記事が上がってると、ちょっと気になる。
こっちの内幕をばらされると困るなあ、というのが正直なところ。まして取材の対象が元マッキンゼー(並木裕太氏)となったら、いよいよ嫌な予感しかしない。

おそるおそる記事を読んでみた。・・・・・・結論から言えば、「ほっと胸をなで下ろした」というか「まだまだちょろいな」。
まず並木氏はこう始めている。

「いま、新たなサッカースタジアムの建設にあたって、人工芝にすべきか、天然芝にすべきかという議論があります。僕が“人工芝派”だとしたらその根拠を言えますが、もし“天然芝派”になれといわれたら、今度はその根拠を並べることもできます。対立する概念があったとして、ロジックはそのどちらの正しさも証明できてしまうんですよ」

ん?何か違和感があるなあ。まあいい、読み進めるとこうなっている。

<人工芝派>
人工芝にしてもけがの発生率は上がらないし、北欧のクラブチームは人工芝で毎日練習している。だから「人工芝」の方が良い。

<天然芝派>
公式戦のほとんどは天然芝で行われるので練習から慣れていた方が良い。人工芝で練習をしているチームの方が勝率は悪い。だから「天然芝」の方が良い。

これで人工芝を選ぶ人って、いますかね?
<人工芝派>は人工芝だって悪くないとしか言ってない。しかし<天然芝派>は天然芝のメリットを語っている。このレベルで「対立する概念があったとして、ロジックはそのどちらの正しさも証明できてしまうんですよ」なんて言ってたら、ロジック様に申し訳がない。

じゃあここに「人工芝の方が安い」というメリットを付け加えてみるか。
つまり「人工芝の方にしてもけがしない(かつ、安く仕上がる)」「天然芝の方が勝率は高くなる」。

これでやっと二項対立っぽくなったが、なんか杜撰というか、幼いよね。でもこれは並木氏の責任とは言えまい。
どうも記事を読む限り並木氏はロジック云々ではなく、「情熱が社会を動かす」ということが言いたいみたいだからだ。「小澤(隆生)さん(現ヤフー常務執行役員)は10回じゃんけんしたら7回勝つなという空気をまとっていた」という方が言いたいことの核心だろう。

「情熱が」って昭和か?20世紀か? 「空気をまとっていた」ってスピリチュアルやなあ。

俺の顧客は情熱があろうとじゃんけんに強かろうと、結果を出さないと再契約してくれないんでね。
他のコンサルがそんな精神論で戦ってくれるなら、俺はまだまだ忙しくなりそうだ。

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コメント

ロジックと行動

私が感心する人は、「ロジック」と「行動」の双方を持ち合わせている人です。
もちろん「ロジック」は重要なのですが、それを「行動」に移せるかどうか。そしてまた、「行動」に移せるような形で「ロジック」を組み立てているかどうか。ロジックをワークさせることと、ワークするロジックを組み立てることの相補性。

「熱意」「誠意」「努力」といった目に見えないものは、「今から何事かを為そうする人」にとっては、いささか空疎な言葉であるように思っています。問われるのは現にどのような行動に移すか。

「現に行動を起こして何事かを為した人」において、その過程を振り返ったときに、「ああ、あれは熱意ある行動であった」とか「尋常ならざる努力であった」などと言えるのかなと思います。
私自身はそのような人間になれていませんけれども。

新語造語辞典①

【人工芝】(じんこうしば)
芝温泉入学後にその校風に浸かった生徒を指す。例「お前はこの6年ですっかり人工芝になったな」

【天然芝】(てんねんしば)
芝温泉入学前から生まれながらにしてその校風を体現している生徒を指す。例「君は天然芝だから、第一志望には芝をお薦めするよ」

…失礼しました。

No title

 東大と国医はどちらが難しいのか?

 と 素人のような疑問を持って検索したことがあった。 (だって素人なんだもん)
http://medical-textbook.com/joho/igakubu_vs_todai.html
そしたら、こういうサイトがあった。

「この質問は、結論から言えば、ナンセンスな質問です。今回は、医学部と東大の違いを知ることで、難しさを比べることはできないということをお伝え致します。」

 ということだが、オラはこういう答えは好きでない。
 
「麻布と開成はどちらが難しいのですか?」
という質問に
「そういう質問はナンセンスです。求められているものが違うからです。 人によって 開成の方が・・・(以下略)」

 答えている人は大真面目でしかも「プロっぽい」答えだと思っているんだろうけど、オラからすれば「アホでないの? 聞いている人はそういうことが聞きたいのではない」のだ。入試問題が違えば難易度を単純比較できないなんて当たり前だ。


 そんなことを言ったら
東大と芸大 どちらが難しいの?
開成と宝塚どちらが難しいの?

 と置き換えて、オラだって知ったかぶりができる。 

 問いをさらに複雑にするのではなく 問いに対しては条件を整理、簡略化して答えるのが「専門家としての」「親切」ってもんでないの?

 条件を整理して このことから一般論として・・と答えてくれんかな。


※オラが求めている答えとは
「開成と麻布は 入試問題の質が異なるので単純比較はできません。 ただ一般論としてサピックス偏差値では・・」  こういう答えが聞きたいのだ。

※反論大歓迎です

>問いをさらに複雑にするのではなく 問いに対しては条件を整理、簡略化して答えるのが「専門家としての」「親切」ってもんでないの?

ハルビンさんがおっしゃることをなるほどと思う一方で、この医学部受験サイトのような答えも致し方ない面があるのかもしれないとも思います。

私が想像する理由をいくつか挙げますと…

1.サイトの炎上を避けたい。

一定の前提を置き簡略化して答えるとしても、「東大のほうが難しい」とか「医学部のほうが難しい」と言い切ってしまうと、反論を呼び込みやすい。「一定の前提」や「簡略化」を理解してくれるとは限らない不特定多数人を読者とするサイトの主としては、炎上を避けるために断定的判断は控えておきたいと考えた。

2.医学部受験専門塾に生徒を誘導したい。

サイト主の属性はわからないが、このサイト記事の目的は「東大と医学部のいずれが難しいかを示すこと」にあるのではなく、「東大も難しいけれど医学部だって固有の難しさがあるのだから、医学部を目指す人は医学部受験に精通した専門塾に通った方がいいよとほのめかすこと(塾の宣伝)」にあるのかもしれず、そうだとするならばこのサイトの程度の回答で十分だとサイト主は考えた。

3.やっぱり「難しさ」を答えるのが難しい。

サイト主の属性はわからないが、過去に東大受験生や医学部受験生を多数見てきた経験から、東大と医学部のいずれが難しいかを答えるのが本当に難しいとサイト主は考えた。

私も高校受験、大学受験、資格試験のどれが一番難しかったかを聞かれることがごくたまにありまして、私なりの答えは持っているのですが、(一定の前提や簡略化を置くとしても)私の答えが他人にも一般に通用するとは全く思えないのです。「難しさ」を答えるのは難しい。「難しい」という一つの形容詞の中にたくさんの評価軸があるからでしょうか。

…と、ここまでハルビンさんのコメントへの反論的なことを書いてきましたが、それを最後に裏返します。

私自身も微力ながら人に色々とアドバイスをする仕事をしてきました。
仕事を始めた頃は、アドバイスをすることに臆病でして、「Aの可能性もあるが、Bの可能性もあり、Cの可能性もある」なんて当たり障りのないアドバイスだけをしていたような気がします。

仕事を重ねて知識や経験を得るにつれ、「Aの可能性もあるが、Bの可能性もあり、Cの可能性もある」だけでなく、「御社はAの選択肢を選ぶのがよい」とか「私だったらAを選ぶ」などの踏み込んだアドバイスをするようになり、プロとしての自覚と責任のもとにそのような踏み込んだアドバイスをしたほうが、結局のところはウケが良く、顧客からの信頼を得ることができるように感じています。

ということで、ハルビンさんがおっしゃる「専門家としての」「親切」という部分については、なるほどと頷くところが大きいです。

【人工芝】と【天然芝】

>新語造語辞典①

うはははは、こいつは愉快愉快
これは広がりがあるな

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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