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偽・東京大学祝辞~養殖と天然

割れんばかりの拍手に送られて、我が国きっての女性フェミニズム論客のひとりが壇上を降りる。
拍手はやがて小さくなり、幾分静かになった壇上に俺が上がる。


えー、あれだけの名演説の後で俺の話を聞く君たちがいささか不憫ですが、これも世の常、しばらくの間、我慢していただこう。
さて、上野さんは「東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがある」とおっしゃいましたが、なるほどそういうサークルがあるのですか。勿体ないですね。

知性の高い女性は自立心が高いことが多いので、君たち、ああっと、これは男性諸君に言ってるのですが、君たちにべたべたとまとわりつきませんし、過度に甘えたり、それも他人に(多くの場合は友人に)見せつけるために甘えて見せたり、どうでも良いことで時間をとらせたり、明後日の方向から責任を君たちに転嫁するようなことは少ないでしょう。

そのうえキャリアに関しても自覚的ですから、男の稼ぎに依存するパラサイトな存在になる可能性も低い。
また君たち男性諸君にも言えることですが、東大生の多くは我慢強くストレス耐性も強い。
一緒に生活するのにこれほど魅力的な伴侶も少ないと思うのですが、そうですか、東大の男性諸君はそうした貴重な存在を自分たちで独占せずに、他大学の男性のために解放しているわけですな。

そのような高邁な思想に裏打ちされた行動を「女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反する」と批判するとは、いささか大局観のない振る舞いでしたな。

おお、上野さんがこちらを睨んでいるが、webのことゆえ手が出せないのはいとをかし。

さて、続いては女性諸君に向けてのお話をしましょう。
上野さんはタテマエ-ホンネという軸でお話をされましたが、これは厳然としてあります。
ふしだらな言い方をすれば、顔の良い女はそれだけでアドバンテージがあります。ですが、それは男の責任とは言えますまい。
女だって顔のいい男の方が良いでしょ?お金持ちの方が良いでしょ?背だって高い方が良いし、有名人と知り合いの方が良いし、ベッドの中で・・・・・・五神学長が困った顔をしてるのでこの辺で辞めましょう。

しかしこの「ホンネ」という世界で勝ちたいなら、手段は簡単です。整形手術を受けなさい。豊胸手術を受けなさい。それが最適解です。
そしてそのことは絶対誰にも言わないこと。男は養殖よりも天然の方が好きなのです。
(俺はどっちでもOKです)

もし「いや、そんなのおかしい」というのであれば、戦う軸を変えれば良いのです。
これが君たちのなじみ深い数学と現実の大きな違いです。
よく「社会に出たら正解はない」なんて言う人がいますが、あんなの嘘っぱちです。さもなければ正解が見つけられない引かれ者の小唄です。
現実にも正解はあるのですが、正解が気に入らなかったら、前提を変えちゃってOKです。
だってこれは君たちの人生ですから。君たちの戦いやすいように戦い方を変えてみてください。

ここで戦い方を変えると言うことは、「そんなちっぽけなホンネの世界なんてくそ食らえ」ということです。
そもそもホンネというのは、さらけ出す方は苦しくて出しているのです。タテマエをまとっているのがつらくなってホンネを出してしまうのです。
で、そのつらさをごまかすために、「お互いホンネで話そうぜ」なんて言ってくるのです。
だからそんな手にのってはいけませんよ。
「ああ、こいつのホンネはそういうことか」と果実だけ受け取って、薄ら笑いの一つでも浮かべときゃ良いんです。

もっと簡単に言うと、東大女子を女として低く見るような奴に好かれる必要はない、ということ。
もしあなたたちが他大学との合コン(合同コンパ)で「キミ、どこの大学?」と訊かれた時に、「東京大学よ」と答えずに、モテたいからといって「東京、の、大学...」と答えたならば、へんてこりんなプライドなんか捨てて、立教や青学にでも行けばいいし、なんなら整形手術でも豊胸手術でも好きなだけ受けましょう。
男の歓心を買いたいならば簡単です。

でも俺は君たちに、男であろうと女であろうとそんな風に考えて欲しくはない。
君たちに対して「東大というバッジを鼻にかけるのではなく謙虚になりなさい」なんて言う人は多いと思うが、俺は君たちに「東大をどんどん鼻にかければ良い」と伝えたい。

上野さんはいま君たちにこう述べた。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

しかし俺は、君たちは君たちの頑張りを君たちの好きなことに使えば良いと思っている。
俺は君たちに道徳的な規範なんか求めない。君たちは他の同学年に比べテストの成績がいいだけだ。
それなのに「あれはやっちゃいけない」「こうしなくちゃいけない」なんて責任ばかり持たされるのは嫌だろ?

それに上野さんだって五神さんだって、若い頃はずいぶんと自分勝手に生きてたんだ(いや、五神さんは若い時分から謙虚だったかな?)(上野:それじゃ私が謙虚じゃなかったみたいじゃないの)。それを歳をとって偉くなったからといって、若い連中に他者への貢献やら弱者への眼差しを求めるなんて虫が良すぎる。

他人を騙すことに使いたいならば、騙すことに精力を傾ければ良い。金を儲けたいなら儲けるために頑張れば良い。異性にモテたけりゃモテに全てをつぎ込んでも良いだろう。
そして恵まれないひとびとを助けたいなら、助けてやってくれ。

これから君たちを取り巻く世界は、不可解で嘘がまかり通って、右手で天使と握手しながら左手で悪魔とハイタッチをするような世界だ。
しかしその程度でへこたれるなら、東大2次数学で3完できようと我々の社会は君たちを必要としないだろう。

倒されたら、もう一度立ちあがればいい。
ちょいとばかり顔や服が汚れたって構いやしない。
社会は立ちがる君たちを歓迎する。

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コメント

No title

 オラは学生の頃、上野千鶴子や小倉ちか子のフェミニズムに傾倒したことがある。
 社会の問題を男女の階級で分析する、という手法も学んだ。

 でも内容は忘れたニャ。
 久しぶりに上野さんの名前を見て、ふと思い出した。

※もう一回読み直してみようかニャ

続・偽・東京大学祝辞

上野さんとJGさんに続いて三人目の祝辞になりますから、私は手短かに終わらせます。

上野さんの祝辞とJGさんの祝辞。それぞれその中で「タテマエとホンネ」について語られていました。
それと同時に、二つの祝辞を俯瞰すると、両者が全体として「タテマエとホンネ」になっています。
「タテマエとホンネ」の二重構造です。

上野さんの祝辞とJGさんの祝辞のどちらがホンネでどちらがタテマエでしょうか。
あなたがたが立つ場所や目標とする場所によって、どちらをホンネと見るかタテマエと見るかは変わるでしょう。
今日のあなたには上野さんの祝辞がホンネに見え、明日のあなたにはJGさんの祝辞がホンネに見えるかもしれない。あるいはその逆かもしれない。

あなたがたはこれから、自分と世界とを俯瞰するメタの眼を手に入れることになります。
ようこそ、東京大学へ。

贈る言葉

女子には、蜷川実花さんが父である蜷川幸雄さんから受けたという「蜷川家 父の教え10箇条」を贈りたい。
(いずれ時が来たら自分の娘にも贈りたいと思う)

蜷川家 父の教え10箇条
(1)いつでもどこでも男を捨てられる女であれ
(2)経済的にも精神的にも自立せよ
(3)出来るだけたくさんの男と付き合え
(4)なにしてもいいけど妊娠だけはするな
(5)従順なだけの女にはなるな
(6)男に騙(だま)されるな、騙せ
(7)なにより、かっこいい女になれ
(8)自分が正しいと思ったら、なにがなんでも突き進め
(9)過激に生きろ
(10)妬(ねた)むより妬まれろ。


男子には、やっぱり例の遠藤周作先生のお題「女性を傷つけずに別れる方法」の答えを真剣に考えよ、かなぁ。

‥あれ?いったい何の話だ。

天然~野に咲く花が生き延びる術~

 (8)(9)(10)に関しては、保護者様にある程度の経済力があるという条件が付くのではないかという気がいたします。
 無担保で単身勝負に挑むならば、水面下での密かな根回しや、敵の目を欺くための演技等々あらゆる姑息な手段を駆使する“あざとさ”が必要だと感じます。

 女性の場合、見た目というのも重要な要素のひとつになってくると思います。
「提携先の病院で○○と△△をちょこっとなおしてくれたらSランクで契約します」なぁんて業界もあるくらいですから(苦笑)
 受験板でこんな事を言ってしまうのは身も蓋もないので皆さんおっしゃらないけれど・・・やはり見た目が可愛いとか若々しいというのは得をする事が多いと感じます。
 と、まぁそんなわけで、私は明日も盛って盛って盛れるだけ盛って、猫をかぶりかぶりあっかんべーしながら出勤予定でございます(^^;

天然〜ほろ苦くもある青春いや早春の味〜

 >(8)(9)(10)に関しては、保護者様にある程度の経済力があるという条件が付くのではないかという気がいたします。
 無担保で単身勝負に挑むならば、水面下での密かな根回しや、敵の目を欺くための演技等々あらゆる姑息な手段を駆使する“あざとさ”が必要だと感じます。

Geminiさん、コメントありがとうございます。
なるほど。仰る通りかもしれませんね。気がつきませんでした。
この教えは実花さんが幼少時から教えられたそうですが、蜷川幸雄さんも感性や個性で勝負する仕事を生業としておられた故の(8)(9)(10)ではないかと想像します(後年、実花さんもそのような道に進むわけですが)。

自分としては、(8)(9)(10)に関しては、相手に勝負を挑むというより、自身の殻や先入観を破ることを恐れるな、自分自身の壁をブレイクスルーせよ、という解釈でおりました。

我が子を見ていると、今の若い子は、自分の若い頃に比べて、立ち位置や商品としての自分の価値あるいは売りを常に意識させられていること、それと同時に自分も有力な消費者であることを自覚している傾向がより顕著なのでははないかと感じます。
(子どもの属性を商品と見なしてマーケティングを行うという意味では、受験板も似たようなものです)

また、生きる力とかコミュ力とかいろいろな期待や成果が課せられ過ぎて気の毒になる時があります。
あるいは、場面によってキャラを使い分けたり、あまりみんなより出過ぎないよう気をつけたり‥。
そうしてもいいけど、どこかで自分自身を見失なわないでいて欲しい。

野の花のお話が出ましたので‥
野の花はいつもいつまでも野の花で良いのか、ということをよく考えていました。
もちろん、野の花として自らが望み穏やかに過ごしているなら構いません。
しかし、人間はナマモノであり常に変化しています。好むと好まざるにかかわらず、あるいは自らの望みとしていつか野の花でいられない時が来たとき、最も強い枷は、野の花らしく(あらねば)、という自分自身の殻ではないか。
だいぶ大人になってからはいろいろ難しいと思いますが、若いうちは、たとえ失敗しても自身の呪縛から自身を解き放つ瞬間があっても良いと思います。
また、我が子にはそうして欲しいです。
という訳で、(8)(9)(10)は、自身の殻や先入観を破れ、というのが自分の意図するところです。

我が子があざとさを身につけるのはまたおいおいに‥というのは甘いかな?
何しろ、本人は野の花どころかトゲトゲをまとった青いタラの芽って感じです。
早くそのトゲトゲの殻を破ってくれないと、手練手管やそれに必要な洞察力も身に付かないだろうな。

それから、盛って盛って盛れるだけ盛れるということは、その素地がかなり良質であることに他ならないという気がします。

たらの芽の天ぷら〜ほろ苦くもある早春の味〜

私が娘に伝えたいのは、「自分が置かれた場所で自分なりの花を咲かせなさい」なのですが、Geminiさんと白鳥座さんのコメントを読んで、「これまでの自分とは違う花を咲かせる勇気」も時には必要かもしれない、と思いました。

>今の若い子は、自分の若い頃に比べて、立ち位置や商品としての自分の価値あるいは売りを常に意識させられていること

>生きる力とかコミュ力とかいろいろな期待や成果が課せられ過ぎて気の毒になる時があります。
あるいは、場面によってキャラを使い分けたり、あまりみんなより出過ぎないよう気をつけたり‥。
そうしてもいいけど、どこかで自分自身を見失なわないでいて欲しい。

上の白鳥座さんのコメントはいずれも、「他人の目から見た自分をどう演出するか」という話ですね。

唯一神との関係で自己を立て、唯一神を通じて他者との関係を結んできた一神教国の人々(英語では一人称には” I “しかなく、婚姻においても愛をパートナーに対して直接誓うのではなく神に誓い、神への誓いを経由してパートナーに愛を振り向ける)とは異なり、周囲の人間との関係の中に自己を立ててきた日本人(日本語では「私」「俺」「僕」「パパ」「おじさん」「先生」など、相手や自己が属するコミュニティに応じて多数の一人称が使い分けられ、婚姻においても愛を直接パートナーに対して誓う。「愛」という概念自体が近代的ではありますが)においては、「他者の目」への意識が強くなるのは致し方ない面があるかと思います。

しかし、白鳥座さんがおっしゃるように、それが行きすぎて自分自身を見失ってしまったら本末転倒だと思います。
『「他人の目」を意識する自分』を超えて、{『「他人の目」を意識する自分』をも俯瞰する自分}という地平に立てるかどうか。時には敢えて他人の空気を読まない勇気が必要になるでしょうが、自分の殻を破っていく人間は、やはり魅力的に映ります。

令和もどうぞよろしくお願いいたします。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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