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竜にはいつ瞳が入るのだろうか?

以前とある掲示板で、次のようなことを書いている人がいた。

うちの子は御三家だって合格できたけど、共学が好きだから共学に行った。
でも周りの人はそれ(御三家だって合格できたということ)を理解してくれなくて悔しい。


そのことが祟って、その人は立派な別学否定論者になっていたわけですが、ブラックジャックとしては次のような処方箋を出してあげた。

「うちの子は御三家も合格できたんです。本当です」というプラカードを首から下げたらどうか。

こうすれば周りの人も「あっ(察し」となるので、なかなか良い案だと思ったのだが、あまり感謝はされなかった。


画龍点睛を欠く、ということわざがある。
素晴らしいが重要な点が抜けている、という意味で使われるが、その故事はなかなか興味深い。

中国の南朝梁の時代、張僧ヨウという絵師が金稜の安楽寺の壁に四匹の竜の絵を描いた。
その竜は今にも天に昇っていきそうな勢いで、見た人々は息を飲んだが、なぜか竜の瞳が描かれていなかった。
なぜ瞳を描かないのかと絵師に尋ねると「瞳を入れると飛び去るからだ」と言うが、人々はそれを信じようとしなかった。
そこで仕方なく竜の瞳を描き入れてみせると、竜は雲に乗ってたちまち天に昇っていったという。
(「故事ことわざ辞典」より)

さて、子どもという「竜」にはいつ瞳が入るのだろうか?
俺はある種の竜には、かなり早い段階で瞳は入っているのではないだろうか、と考えている。

たとえば次のような竜たちは、すでに瞳は入っているでしょう。

>子供が嫌な目に合うかもしれないと思ったから、アドバイスしたことがあったんです。それはやめたほうがいいよって。わりと念入りに。
>そしたら、「嫌な目ぐらい合わせてよ」って。


>サピの最後の試験結果が悪かったので私は弱気になり、2/1は併願で出願していた別の学校を受ける様に勧めたが、
>娘が「私の人生だ、駄目でも今まで目標にして来た第一志望を受けさせてくれ」というので、結局OINを受験した。


ただ、まだ竜たちは、自分に瞳が入っていることに気づいていない。
だからまだ飛び出していかない。

中学受験というのはさまざまな問題を内包した制度だが、竜に瞳を描き入れる装置としてはなかなか優秀であろうと思う。

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コメント

御三家ブランド

 東京の「御三家ブランド」ってのは狙いたい人 狙える人、入れるのに避けた人にとっては厄介なものですニャ。そこに複雑な感情(まさに「コンプレックス」)が生まれる。

 千葉はまあ、渋幕に「偏差値の憧れ」はあってもそこまでのブランドはない。(千葉高にはまだブランド価値があると思いますが)

 あまり関係ないですが、ふと思い出したこと。

 2月11日召集日に、サピの先生にお礼に行って、雑談している時に
オラが「千葉ももっと私立が増えて選択肢が増えると良いんですけどね」と言ったらサピの先生は・・・

「いえ、私はそうは思わないです。千葉は22日に秀英と渋幕を選択するくらいで、ほとんど考える必要がない。自動的に受験日程が決まる。だから受験校選択の後悔が生じない。東京は大変ですよ・・受けた後悔、受けなかった後悔 色々あります」

 とおっしゃられた。これはよく覚えています。

 そして「子供と父親は大体すぐ忘れるんですが、いつまでも引きずる母親はいます。2年くらいして「あの時ここを受けていれば」とか言われます。」と続いた・・

 竜の瞳とは全然関係ないですが、ふと思い出した

No title

>娘が「私の人生だ、駄目でも今まで目標にして来た第一志望を受けさせてくれ」というので、

これは、ちゃいりーさんのとこですよね。
ちゃいりーさん、お子さんもお元気でいるのでしょうか。

桜蔭猫

> ちゃいりーさん、お子さんもお元気でいるのでしょうか。

ちゃいりーさんは草臥れているかもしれませんが、娘さんは元気いっぱいに猫を探していると思います。

Re: 御三家ブランド

> 「いえ、私はそうは思わないです。千葉は22日に秀英と渋幕を選択するくらいで、ほとんど考える必要がない。自動的に受験日程が決まる。だから受験校選択の後悔が生じない。東京は大変ですよ・・受けた後悔、受けなかった後悔 色々あります」

サピの先生の上の言葉はよくわかります。
俺もこの間電気炊飯器を買いに行ったときに、種類がたくさんあって困った。
入学する学校が1つであるのと同じように、電気炊飯器も1つで十分だから、いくら気に入ったと言っても2つも3つも買うわけにはいかない。

でもね、それでもね、俺は幾つもたくさんある中から、うんうん唸りながら受験を決めて、決めたことにさんざん後悔するのもまた、親の役目だと思います。
子どもの教育をデザインするというのは、そうした苦難の中で、自分の教育観を見つけ出すことと不可分だと思うからです。

ちなみに電気炊飯器は俺がうんうん唸る前に、女房がさっさと買ってしまいました。炊飯観は見つけ出せませんでした。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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