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私は泣いたことがない、灯の消えた街角で(以下略

先日どこかに「映画館でよく泣く」と書いたが、それ以外でも泣くことがある。
といっても、いじわるされたり、ひどい言葉を投げつけられたり、殴られたり、そういうことではめったに泣かない。というか、泣いたことがない。
そうではなく、映画を観たり、本を読んだり、演奏を聞いたりして泣いてしまう。

以前、友人に勧められてとある学校の吹奏楽のコンサートに赴いた。
定番がいくつか続いた後に、「埠頭を渡る風」(1978年 松任谷由実)が演奏された。知っている人はわかると思うが、この曲は要所要所で短く鋭い音色の管楽器が効いている。
で、その最初の管楽器のパートですでに俺氏号泣。

気を取り直して、次の曲を待っていると「すばらしい日々」(1993年 UNICORN)。こんな曲、吹奏楽でできるのか、と思うでしょ。できるんだねえ。ドラムが効いてたなあ。
で、歌詞で言うと「すばらしい日々だ、力溢れ」辺りで俺氏再号泣。

終盤の「アフリカン・シンフォニー」(1974年 ヴァン・マッコイ&ザ・ソウル・シティ・シンフォニー)でも号泣。
理由は甲子園を思い出して。

年を取って涙腺緩んでる、なんて言わないように。これ、30代のエピソードだからな。
(ということは、今はもっと涙もろいのか、俺…)


人間のコミュニケーションは、「コミュ力が重要」などという薄っぺらな連中が考えるコミュニケーションよりも、ずっと多様であり、多元なのだろう。

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コメント

私泣いたりするのは違うと感じてた

「崖の上のポニョ」を観てぽろぽろ泣いてしまい、一緒に観た人間から「どこに泣くポイントがあるの?」と言われてしまったことがある。

No title

>「どこに泣くポイントがあるの?」

え~。私も言われたことあります。
もう何ここー!

何を理由に泣いたっていいじゃないですか、ねぇ。

わたしの場合、感動で涙を流すと頭がとてもスッキリするのですが(このスッキリ感はことばではうまく説明できない)、そのことをわたしの頭も知っていて、ちょっとしたシーンを見ただけで、脳内で勝手に背景ストーリーを付け足してしまい(「ここに至るまでにどれほどの挫折があっただろうか」とか、「この笑顔の裏でどれほどの涙を流してきたのだろう」とか)、そのストーリー(妄想)もひっくるめて泣いてしまうのです。

わたしの脳がわたしに与えてくれた、自我防衛機制なのでしょう。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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