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信頼できない語り手~「伝える」「隠す」「誤認させる」という技術

今回は内容の性質上『アクロイド殺し』(アガサ・クリスティ)、『マーキュリーの靴』(鮎川哲也)のネタバレをします。
「嫌」という人は読まないでね。

小説では時折、「信頼できない語り手」という存在が浮き彫りになることがある。
(おお、なにやらアカデミックな始まり方)

特にミステリではそれが技法として先鋭化している。
というわけで今宵は、ミステリにおける技法から、その見破り方までをご紹介します。

さて、「信頼できない語り手」の話題を出すうえで『アクロイド殺し』を避けることはできない。
先例はあるにしても、作中のシェパード医師が最もセンセーショナルな「信頼できない語り手」だったことは間違いないでしょう。
ただ、今読み返すと、殺人を行ったことを「やるべきことをした」と表現するなど、ちょっとした齟齬を感じるのは、原文がそうなのか訳の問題なのか。

訳の問題と言えばクリスティにはちょっとした前科があって、これはクリスティが悪いわけじゃないんだけれど、『そして誰もいなくなった』で犯人の心理描写に誤訳があったせいで、あの超一級作品がすこし評価を落としていたそうな。(若島正の指摘によって文春の海外ベスト100で1位を取れたとか)

クリスティの後継者、と言うよりも、シェパード医師の後継者が次から次へと現れたおかげで、手練れのミステリ読者は「信頼できない語り手」には騙されないようになった。
この見破り方にはバイブルがあって、カギは心理描写。
一人称で「私は死体を見て驚いた」とあったら、この人は犯人じゃないわけです。犯人なら死体を見て驚くわけがない。もし犯人なのにこんな描写を書いたら、これはアンフェアになる。
三人称でも同じことで、「彼は死体を見て驚いた」とあったら、彼はやはり犯人ではありえなくなってしまう。

ところが、推理作家という人種は世界で一番のひねくれものです。これを逆手にとった作品を書く作家が現れた。
誰のどの作品が最初かわかりませんが、俺が最初に遭遇したのは鮎川哲也『マーキュリーの靴』。
(但し、いま手元に『マーキュリーの靴』がないので、もしかしたら違うかもしれない)

これは三人称で犯人が死体を見て驚く。ここだけ切り取ればアンフェアに思えるだろうけど、実は犯人が驚いたのは死体があったことではなく、自分が殺した場所に死体がなかったことだった。
「死体を見て驚いたが、それは死体そのものではなく、死体に付随しているモノ・現象に驚いたのだった」というパターンはなかなか有効で、いまでも時に見かけます。

ちなみにセリフはどれだけ嘘を書いてもアンフェアにはなりません。
たとえば

死体を見て彼女は驚いた。足が震えていた。
「大丈夫か」彼がそういうと「駄目みたい。死んだ人を見るのは初めてだもの」。

これで彼女が犯人でもOK。台詞はもう全部ウソ、ぐらいの意気込みでミステリの鬼たちは読んでますから。(但し驚いた理由がちゃんと必要だけど)
こうした叙述トリックの見破り方は、「阿吽の呼吸」である。
作家としては犯人が驚いたことをしっかり描きたい。そうしないとこの犯人を読者が考える容疑の外に出せないから。
しかしあまりにもしっかりと描くと、そこが浮き上がってしまい、ちょっとこすっからい読者からすると「バレバレ」になってしまう。
この辺りが上手い人は、つまり「小説がうまい」わけですな。

匿名の掲示板でも、さらっと書けば「なるほど」と相手に印象づけられることでも、ねっちこく書いてしまって「ウザい」としか思われない書き込みがある。
まあこれはネットだけの話ではなく、現実のコミュニケーションでも実用できる。

「伝える」「隠す」「誤認させる」という技術は、いつの時代でも重宝である。

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コメント

No title

叙述トリックのミステリの評論の難しさは
「叙述トリック」と言っただけでネタバレになること。

で、奥歯にものの挟まったような評論になってしまう。

 オラは 貫井徳郎さんの とある作品で「叙述トリックの精巧さにはビックリしたけど、ストーリには憤慨した」ことがあります。娘が死んじゃう あの話です。

 読んだ後すごい 嫌な気分になった。

 単純かもしれませんが オラは「読後感の良い作品」が読みたい。わざわざ時間を使って嫌な気分になりたくない。

(いわゆる「いやミス」という分類もありますが・・・好んでは読まない)
  

※社会問題などがテーマのミステリで「考えさせられる」のはOK  

※でもまあ 「読後感の良い」ものばかり読んでいると飽きるのも事実。たまには毒もいい

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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