FC2ブログ

記事一覧

死刑制度と冤罪~「最愛の人云々」に代わる次世代のフレーズは何か

死刑制度に賛成か反対かどちらかを選べと迫られれば、お前さんの言いなりにはならないぜと薄ら笑いで嫌みのひとつでも言ってやるが、「いまならどちらかを選んだ方には銀座久兵衛御食事券(1ヶ月使い放題)がプレゼントされます」と言われれば、すいませんすいませんすぐ選びますんで、と言いなりになるわけで。
で、うんうん唸ったあげく「じゃあ反対で」と言ってしまうのは、ことによると法律なんかを学んだせいかもしれない。

よく賛成派の方が「最愛の人を殺されても死刑反対と言い切れるのか」などと声高に叫ぶが、これもなかなか難しいレトリックで、この「最愛の人」を「恋人」ぐらいに置き換えるならいいのだが、「奥さん」「旦那さん」「息子さん」「娘さん」などに置き換えるやいなや、それまで賛成派だった人が俄に「あいつを殺してくれるなら死刑はかわいそうか」などと考え始めてしまう恐れがある。
やはり「最愛の人」止まりにして、具体的な人物像は聞く側に任せた方が良さそうだ。

で、最愛の人を殺されたらさぞや無念であろうし、そんな不条理を起こした人間をただじゃおかないというのはよくわかる。しかしそれを死刑制度に結びつけるなら、こうした方向にも想像力を働かせるべきだろう。

「最愛の人が殺された罪を着せられても死刑賛成と言い切れるのか」

俺は死刑制度の持つ応報感情や抑止力も「まあそういうのあるよね」ぐらいしかわからない。逆に言えば、その点に関しては肯定も否定もない。
しかし困るのは、司法制度というのはなかなか完全無欠というわけにはいかず、またどういうわけか政治的な存在でもあるという点にも、俺の不安はある。
(さらにまずいのは、殺人というのは大体「最愛の人」がまず疑われる。そして犯人である可能性もとんでもなく高い。ああ、愛のなせる業よ!)

単純に言い換えればそれは「冤罪」ということだし、その冤罪が技術的・能力的な低さによって引き起こされたり、政治的な圧力によって引き起こされたりと忙しいのが、どうも我が国の司法制度(というか「現在の世界の司法制度」と言い換えられるかもしれない)の問題点であろう。

地下鉄サリン事件の前に松本サリン事件というのがあった。俺は学生時代にその捜査を勉強させてもらったが、成る程これじゃあ死刑制度には賛成できないや、と痛感した。
まず政治的な面から言うと、とにかく大事件だったので早く解決しろという上層部からのプレッシャー(この件に関してマスコミが果たした役割も大きい。勿論悪い方に)。そして毒ガスというキャッチーな案件故の手柄争い。
次に能力の点で言えば、あいつが犯人に決まってるんだから捕まえてやれ、という杜撰な捜査。反証を否定する結果ありきの姿勢。というか、証拠という証拠に気を払わない捜査員。

もうどういうことだよ、って思うでしょ。その通りのことが起きたんだねえ、あの事件では。それを見ちゃうと、日本の警察は優秀!なんてたちの悪い冗談としか思えないね。

さて、死刑と無期懲役の差のひとつとして、名誉挽回のチャンスがある。死刑は執行されてしまえば、もはやその汚名の返上は事実上大変難しい。しかし無期なら生きている間はそのチャンスがある。たとえ冤罪の結果で獄につながれていようと、生きていく力は海原の小舟ていどであったとしても、絞り出せる。

ここまで書いていて、ふと思った。
今時最愛だろうが何だろうか、人ひとり殺したぐらいじゃ死刑にはならないか。とすれば、「最愛の人を殺されても死刑反対と言い切れるのか」と言われたところで「いや、死刑にはならねえし」と返されて、泥沼の戦いが繰り広げられそうだな。
健在たる死刑制度の議論のためにも、次世代のフレーズを考え出す必要がありそうだ。

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験情報へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



コメント

>「最愛の人が殺された罪を着せられても死刑賛成と言い切れるのか」

昔々に藤本哲也先生の「刑事政策概論」を読んだりして、死刑制度について考えたこともありましたが、「最愛の人が殺害された場合」を想定したことはあれど、「最愛の人が殺人の濡れ衣を着せられた場合」を想定したことはありませんでした。強烈な問いですね。

死刑判決を言い渡す地裁判事はみな、言渡し前に「本当にこれでいいのか」と何度も逡巡し、死刑を言い渡すとしても「できれば控訴してもらいたい」(地裁の判断で確定させず、高裁・最高裁の判断も仰いでもらいたい)と考えている、という話を目にしたことがあります。その話を思い起こしました。

レクイエム

人は何か理解しがたい得体の知れない異形のものに対しては、恐怖心から冷静さを失い、早々に排除したいという心理が働くのだと思う。松本サリン事件の冤罪はまさにその通りだったのではないだろうか。

ある犯罪の物証が乏しく、容疑者も否認している場合は、状況証拠を地道に積み重ねて、立証していくしかない。冤罪を防ぐためには、「疑わしきは(拙速や思い込みを持って)罰せず」なのだろう。

話は逸れるが、このような状況証拠を集めて容疑者を特定する場合、将来的には、A Iによる膨大なデータや状況証拠を総合した判定が参考証言として採用される日が来るのだろうか。

さらに余談であるが、松本サリン事件が発生した直後、友人達とその話になった。短大卒から院卒まで学歴は様々だったが全員理系出身であり、犯人云々より、あの物質は何か?が話題になった。
まさかあの時点でサリンなどとは誰も予想できず、なんらかの有毒物質が付着したのではないか、という推測が多かった。が、一人だけ、一番若い短大出身の女子が、あれは気体でありそれが撒かれて吸い込んでしまったのでは?と言ったのだった。
結果的に彼女の推測が当たっていたのだが、当時は兵器とも言える作用をする気体と住宅地が結びつかず、軽く聞いていた。

この件は自分にとって、思い込みや先入観にとらわれない事の大切さを示す教訓となっている。

>話は逸れるが、このような状況証拠を集めて容疑者を特定する場合、将来的には、A Iによる膨大なデータや状況証拠を総合した判定が参考証言として採用される日が来るのだろうか。

とても興味深い論点です。
「AIがなした行為を人間にどう帰責するか」については、自動運転車が事故を起こした際の法的責任といった形で議論が進んでいますが、「人間がなした行為のAIによる法的評価」については、まだ議論の緒についたばかりだと思います。

刑事裁判手続には「事実認定」、「法の適用」(=認定した事実がどの罪に当たるかの当てはめ)、「量刑判断」の3ステップがありますが、「ロボット・AIと法」という本の中で笹倉宏紀慶大教授が論じているようですので、読んでみたいと思います。

・・・今となってはDNA鑑定に証拠能力が認められていますが、DNA鑑定が出てきた当初は精度が今ほど高くなく、証拠能力を認めてよいかどうかが議論になったことを思い起こします。

冤罪

 人間だから間違えることもある。警察も検察も裁判官も。
 しかし 許せないのは「故意」の冤罪事件というのが存在することだ。
 スケープゴートというやつである。
 静岡のある警察署では数件あったという。
 それも同じ警察官で。

 (その警察官に限らず全体的な)手口としては
1)社会的弱者を狙う(※)
 知能の低い人 浮浪者 被差別の人 など。
2)後は 強引にストーリーをでっち上げ
3)自白させる (もちろん拷問に近いことをするわけである)

 そしてそういう警察官が「優秀」と評価される。

 以前も書いたが、その時 本当に検察も裁判官も疑問を持たなかったのだろうか? 「これは冤罪かもしれない」と思わなかったのだろうか?司法試験まで通ったエリートが 1mmも疑問に思わなかったのか?

※と書いてから 調べ直したら そういう事例もあるが そればかりではないようだ。 というわけで
 この記述は私の先入観のようだ。
 でも そういう事例もあるので そのまま残します

Re: 冤罪

大学時代、知的障害者の再犯に関してフィールドワークをしたが(正確には「させられたが」)、検挙率が異様に高く、軽微な犯罪は悉く知的障害者という地域があった。
まあ、捜査なんかしないんだよ。そういう人を10人ばかりストックして、事件が起きたら順番に犯人にするわけさ。
で、捕まる方も、みんなが優しくしてくれるからこれならいいかな、なんて思っている人もいる。

とまあ、そんなわけで長らくあまり問題にならなったわけだが、指導教授曰く3つ問題があるとのこと。

1.実際の犯人が捕まっていない
2.捜査能力が低下する
3.知的障害者がいなくなったら、彼らは次はだれを標的にするかな?(ニヤリ

以前から法律畑のなかでは既知な話だったが、『累犯障害者』(山本譲司)あたりから世間にもようやく知れ渡ってきたような気がする。

AIと刑事司法

以前に読んでみたいと言っていた笹倉教授の論稿「AIと刑事司法」(『ロボット・AIと法』所収)を読んでみました。中学受験とは全然関係がない話ですが、論稿の概要をまとめておきます(長文ですみません。ご興味ない方がほとんどだと思いますので、無視してください)。

<総論>
・法は「一定の要件を充足(入力)すれば一定の効果(出力)が生ずる」というデジタルな基本構造を持つ。よって法の世界はコンピュータ処理になじみそうにも思われる。
・しかし、法の世界には次のようなアナログ的要素もある。①「要件」とは「証拠による認定事実」であり、事実認定は簡単にはデジタル化できないこと、②法の解釈は事案の性質に左右される揺らぎのあるものであること、③事実認定は単に「有無」を判断すれば足りるとは限らず、複数の事実に法的観点から重みづけをして総合考慮することが必要な場合があること。
・かくして法は「デジタル化による一義性・平等の達成」と「アナログ的要素による揺らぎを用いた個別事案における妥当性確保」の要請を両立させねばならない。
・大量のパターン学習を通じて言語化されていない思考を汲み取ることができるAIは、裁判官等の法曹が持つ経験知や職人的勘を代替しうる可能性が大きい。

<事実認定>
・証人尋問を通じた供述(法廷での生の発言)の評価について、証人が「嘘をついているか否か」については、脳科学や心理学の知見の蓄積を踏まえて機械学習をさせたAIにより相当程度代替できるかもしれない。しかしAIが証人の「言い間違いや記憶違いを見抜けるか」については、他の証拠との整合性を瞬時に判断しなければならず、容易ではないだろう。
・これに対し文字により言語化された調書の評価(供述の一貫性や変遷の分析)については、バターン学習をさせることによりAIでも生の証言の評価よりは容易であろう。
・証拠に基づく事実認定は経験則・論理則・実験則を用いて行われるが、AIに過去事例のパターン学習をさせれば、相応の精度で過去事例と矛盾しない判断をすることができよう。
・もっとも、AIにパターン学習をさせるための素材の取得が難しい。判決文は、生の証拠資料のうち裁判官が有意と評価したものだけが整理され記載された「料理」であって、その調理の過程で捨てられた「材料」までは記載されていないから、判決文だけではパターン学習の素材として不十分である。
・さしあたりの現実的な到達目標としては、事実認定の補助手段またはスクリーニングの仕組みとしてAIを用いることになろう(例:最高裁調査官が行っている、事件記録を検討して最高裁として取り上げるべき事件とそうでない事件とを仕分ける作業のAIによる代替)。

<法の適用判断>
・事実認定よりも法の適用判断の場面ほうがAIの活用が見込める。
・もっとも、法適用に至る過程は「証拠→事実認定→法適用→結論」という単線型作業ではなく、事実をざっと見て適用法条を選択し、その条文に照らして証拠と事実を改めて見るといった往復的作業であり、またその往復の過程で結論の妥当性も勘案されるから、デジタル化になじまない面もある。
・また判決は、単に結論を導けば足りるのではなく、論理的に導出されたという「装い」を帯びなければならないので、単にパターン学習から結論を導くだけでは足りず、結論に至る思考プロセスを言語で表現しなければならない。

<量刑判断>
・これまでは裁判官が諸事情を勘案して相場観(量刑相場)に照らして量刑判断をしていたが、最高裁が運用を始めた量刑データベースなどを通じて可視化された量刑因子(事案の性質や主な事実関係)を用いれば、事実認定や法適用にも増してAIの活用余地があるだろう。

<その他>
・刑事裁判が信頼されるためには、「正しさ」だけでなく「権威」や「感銘力」も必要だと言われる。裁判官の仕事の一部をAIが代替するとき、人はその判断に権威を認め信頼するだろうか。我々はAIに裁かれるという事態を受け入れることができるだろうか。

Re: AIと刑事司法

> ・刑事裁判が信頼されるためには、「正しさ」だけでなく「権威」や「感銘力」も必要だと言われる。裁判官の仕事の一部をAIが代替するとき、人はその判断に権威を認め信頼するだろうか。我々はAIに裁かれるという事態を受け入れることができるだろうか。

この問題は、我々の心の中ある「差別」と関係がありそうです。
昔なら「黒人の言うことなんかきけるか」「女の指図は受けない」だったのが、今やアメリカの先代の大統領はアフリカ系ですし、20世紀後半と21世紀初頭のヨーロッパをけん引してきたのは女性首相です。

となれば近い将来、AIだからダメだ、なんて言わなくなりそうですな。

Re: AIと刑事司法

私も、裁かれる国民側は、AIが裁きの一部を担うことを結構あっさりと受け入れていくのではないかと思っています。

他方、裁く裁判官側は、自らの職域の一部をAIにはなかなか手渡さないのではないかと思っています。
司法は、AIどころかIT化すら最も遅れた分野の一つだろうと思いますので。

No title

例えば・・・

100万円以下の民事裁判はAIでもいいような気もします。
弁護士不要、もしくはAI弁護士で 手軽に裁判、勝ったり負けたり・・


まあ、そんな世の中がいいかと言われると疑問ですが・・・

※裁判って 0回と1回の差がすごい大きい。
多くの国民は裁判経験0回で生きるわけですが、1度でも経験すると「2度と嫌だ」という人もいますが、「次から次へと裁判。頭にきたらなんでも訴訟」という人もいる。
 私は0回なのでよくわからない。

※そういえば数年前 「裁判員名簿に登録されました」みたいな手紙が来たなあ。「今年1年 裁判員に選ばれるかもしれません」みたいな手紙。
結局 何もなかったが

ご参考:少額訴訟制度

100万円以下ではないですが、60万円以下の金銭の支払を求める訴訟については、1回の期日のみで審理を終えて(証拠調べや証人尋問を一気に行ってしまう)、その日のうちに判決が下される「少額訴訟制度」というものはあります。
弁護士に委任する必要はありません(これは民事訴訟全般に言えることですが)。

もちろん判決を下すのはAIではなく裁判官ですが。

No title

あ、段々 頭の中が整理されて来ました。

 投薬治療のみの病気や、病気の診断については「医師」は オラはAIがいいと思う。
 セカンドオピニオンをAIに頼る、に至っては誰も否定はしないのでは?
 
 つまり「人間かAIか選べる」のが大事なんだ。
 裁判官だと選べない。

弁護士の方をまずAIにして選べるようになったらいいなあ、ということかも。

なるほど確かに、これまでは専門家の経験知や勘に委ねられてきた分野において、AIに大量のデータを学習させたりして、診断や法的判断をさせるということはあり得ると思います。

ただ、囲碁の手や疾病の診断については、AIが出した結論が「正解」かどうかが事後的に判定できると思いますが(違うかな?)、法的判断の中には、紛争の性質や交渉相手との機微などにより必ずしも正解が一つとは言い切れないものがあるという難しさもあると思います(もっとも、AIに「考えられる選択肢・打ち手を複数示してもらう」ということもアリでしょうね)。

なんにせよ、私も「選べる」というのは受益者にとってよいことだなと思います。

No title

 いきなり現実的な話になりますが、最近思うのは「がんの治療方針」の話。(治療できない、しない、も含めて)

 オラもいろいろながん治療法の取材をしていますが、思うのは「こんなに多種な薬剤と治療方法があって 医師は本当に最適な方法を患者に勧めているのだろうか?」ということです。

 たくさんある抗がん剤
 放射線 重粒子線 外科手術
 免疫療法 新しい薬剤・・・ 


 今でも多彩なのに、10年後にはさらにわけがわからなくなっているかも。(逆にものすごく医学が進歩すれば 「これ一種類」になるのかもしれませんが)

 こういうのもAIに期待したい部分ではあります。

ハルビンカフェさん、おめでとうございます!2000コメ目です!

下記のコメントが当ブログの2000コメント目です。
つきましては賞品として、書いて欲しい記事の内容がありましたら教えてください。
結構無茶な内容でも、頑張って書きますよ。


> 例えば・・・
>
> 100万円以下の民事裁判はAIでもいいような気もします。
> 弁護士不要、もしくはAI弁護士で 手軽に裁判、勝ったり負けたり・・
>
>
> まあ、そんな世の中がいいかと言われると疑問ですが・・・
>
> ※裁判って 0回と1回の差がすごい大きい。
> 多くの国民は裁判経験0回で生きるわけですが、1度でも経験すると「2度と嫌だ」という人もいますが、「次から次へと裁判。頭にきたらなんでも訴訟」という人もいる。
>  私は0回なのでよくわからない。
>
> ※そういえば数年前 「裁判員名簿に登録されました」みたいな手紙が来たなあ。「今年1年 裁判員に選ばれるかもしれません」みたいな手紙。
> 結局 何もなかったが

ハルビンカフェさん、おめでとうございます!
(そろそろかな?ってちょうど思っていたところです)

No title

 ひえええ すっかり忘れていた・・・そうですね・・・・
 今、一番の心配事は「負け方」ですが・・
 勝ち方は人に聞いてもいいが、負け方くらいは親は自分で考えろ、って感じもする。
(中学受験に参戦した以上、全員が勝てるわけではないのは自明だ)

○納得のいく結果が得られない場合・・
 「不本意な学校に行く(うちの場合 千葉明徳だ)」か「地元公立」だ。
 その選択は もちろん本人と話し合って家族で決める。今の所 地元公立の可能性が高い。

○鶏口牛後ということもある。必ずしも下位で志望校に受かることがいいかどうかはわからない。

 さて、そうは言っても実際 2月4日の夜(芝柏の発表だ)に家の中がどうなっているか・・・
  
 次男の負け方はオラは自分で考える。
 それはそうとして、「負け方」について書いていただけるとありがたいです。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

最新コメント

最新コメント