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日本では英語は単なる道具ではなく、カタルシスアイテムでもある~でも世界に出れば単なる道具

5/27の記事「英語教育はそんなに時間が余っているのか?」の続きみたいなことを少し。

以前、某教育系掲示板で科学者の英語という話になり、「日本の科学者は英語ができないから世界で通用しないんだ」という話になった。
俺は「いやそもそも科学力が低下しているのが原因だ」と応酬して、次のような設問をした。

科学の実力Aで英語力Cの科学者と、科学の実力Cで英語力Aの科学者の、どちらが科学者として世界に通用するのか。

残念なことに議論の相手に「科学の実力Cで英語力Aの科学者」と答えられたので、「そんな科学者は英語圏に山ほどいるよ」と応じました。

英語というのは日本ではかなり優遇されている。
ことによるとこれは、日本人が英語をうまく喋れない、というコンプレックスと深い関係があるのかもしれない。

また別の時に同じ掲示板で、世界に通用するために必要な学力は何か、という話になり、「英語だ」という方々に、「論理力でしょ」と対抗しました。
これはちょっと裏がありまして、「英語だ」という方々のロジックがあまりにもお粗末だったので、そこをちょいちょいとつっついんたんですね。悪い遊びです。
そうすれば少しは彼らの英語とやらがどんなものなのか拝見できると思ったのですが、ついぞ英語による罵倒もなく、最後まで穴あきのロジックをこねくり回すだけでした。

こうした経験を踏まえて、先日『勉強できる子卑屈化社会』(前川ヤスタカ・宝島社)を読んで、目からウロコが落ちました。
この本は勉強ができる子が受ける日常的なストレスを、うまいこと、おもしろおかしく、それでいて核心的にまとめた本です。

たとえば勉強できる子は、なぜか「勉強だけ出来てもダメだ」という言葉を浴びる。勉強ができると必要以上にスポーツなどに秀でていない限り「ガリ勉」という評価になる。「子供のうちは外で遊べ」なんて命令までされる。
足の速い子は「足が速いだけじゃダメだ」なんて言われないのにね。

で、そうした「勉強できる子バッシング」を防ぐにはどうしたらいいのか。
その一つの解決策が、英語なのだとこの本は説く。

英語というのは面白いもので、「勉強の一科目」であるにもかかわらず、話せるレベルまで達すれば、なぜか「勉強以外の特技」扱いになるという魔法の杖なのです。(本書191ページ)

「学校の成績はいいかもしれないが、成績ばっかりよくても社会に出たらなあ…」と言ってくるメンドクサイ奴にも、英語でペラペラ話すところを見せたらまあ黙りますわな。
かように英語は「特別」だ。数学ができる奴は「ガリ勉」だが、英語ができる奴は(特に喋れる奴は)、ちょっとしたヒーローなわけだ。

これは日本人がもっている勉強による「物語」のひとつなのだろうと思う。
その物語にどっぷりつかっているから、科学者なのに科学の実力よりも英語力を評価したくなったり、ロジックボロボロなのに英語ができれば世界で通用できると妄想したりするわけ。
だから英語教育で「聞く」「話す」を重視したい気持ちもわかる。
そういう姿はカッコいい、数学解くよりカッコイイって、彼らには見えるわけですよ。

やっぱり世界に出て(この場合の世界は欧米です。中南米でもアジアでもありません。また間違ってもアフリカなんて彼らの「世界」にはいっていませんから)、英語をペラペラ話して、たくさんのビジネスシーンで活躍して、それからえーとえーと、ノーベル賞とって、それから、うーんと、世界会議や首脳会議でちょっとこじゃれたジョークを飛ばして……

英語喋ってビジネスで活躍するにも、英語話せて科学のノーベル賞とるのも、会議で英語のジョーク飛ばすのも、その前提にあるものをすっぱり飛ばしている気がする。
栄東の田中校長がこう言ったってよ。
「基礎知識を前提としないアクティブ・ラーニングはただの遊びだ」

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コメント

若い研究者が英語圏に行くときtoeflのスコア聞かれるけど、点数が高い人を評価するためじゃないんだよね。
英語で学問的な話をするとき、いろいろ齟齬が発生するけど、その原因が英語にあるのか専門分野の理解が浅いことにあるのかどちらかを見極めるためなんだよね。

toeflの点が低い場合は、こいつは専門はできるけど英語が下手なだけかもしれない、と思われる。
点が高いと、こいつは専門が分かってない駄目なやつと思われる。
英語なんてそんなもんです。

無論、英語も専門も両方できたほうが良いにきまってるけどね。

No title

 Y50くらいから下の学校だと とにかく「英語」をウリにしている学校が多い。
 かくいう私も 次男の学校選びの際、「英語教育」を判断材料にしている。
 数学がダメでも 英語なら・・・(普通に話すくらいの英語なら・・・)
って 考える。

でも 社会に出ると、「1年間留学していました。普通に英語でコミュニケーション取れます」くらいで他に取り柄がないと就職できないんですよね・・・ (もちろん英語もできないよりははるかにマシだが)

※労働によって「付加価値」をつけて商品やサービスを生み出す、ってのは昔習った。(最近は違うのかもしれないが)
 「英語だけ」で生み出せる付加価値は限界がある。 やっぱり基本となる「肉体労働」「頭脳労働」「専門性」「創造性」 そこに 「英語」が加わることで付加価値が増す、ってことだろう。きっと。

 やっぱり英語は大事だ。

※マーチ以上の大学で さらに英語ができると重宝されるのかも知れない。
 これは「マーチ以上の地頭」プラス「英語」ってことだろう。

中学受験だけど英語も試験教科になっているよ

>  Y50くらいから下の学校だと とにかく「英語」をウリにしている学校が多い。

ウリどころか試験教科にしているところが山ほどありますね。

>  やっぱり英語は大事だ。

全くこれは真実で、英語教育が迷走しようと、それを大学が求めているならやるしかない。
大学入試程度で「英語なんかできても」なんて言ってるのは、負け犬の遠吠えですな。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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