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組織は時に自由を嫌う~松濤で雨後さんに会ったなら

松濤のゆるい坂を降りていくと、途中の喫茶「西班牙亭」の手前で雨後さんとばったり会った。
「おやおやお出かけで」「ええまあちょっとそこまで」と挨拶した後で、「そうそうあの件ですが」「え、あの件?」「そうあの件」「ああ自由の件」ということで、「西班牙亭」で冷やし珈琲を飲みながら話すことに。

という妄想をひとまず蹴とばしてだな、雨後さんがコメント欄で訊いた自由への拘りについて、今回は書きます。

大学生のころ、政治学研究のサークルに入っていた。堅苦しい感じだが、趣味の延長線上みたいなサークルだった。
そこで活動しているうちに、ちょいちょい疑問に感じることがあった。
「なんで太平洋戦争って、あんなに長く続けたの?」
戦争って、どうしようもない理由で始まることが結構ある。だから「御前会議のその場の空気」で始まったのは仕方ない。
終わらせ方もよく考えずに始まっちゃうこともあるので、これも仕方ない。
その場の勢いで戦況無視の拡大路線をとるのも、まあ仕方ないな。
ちょこちょこ負けが込んでも一気に挽回を夢見てしまうのも、なんか負け組の博打うちみたいだが仕方ない。

でもさ、長くねえか、太平洋戦争。
細かいことは省くけどさ、43年のガダルカナル島撤退や44年のサイパン陥落で終戦工作に入るでしょ、普通。
ましてやサイパン陥落の責を取って東條が総辞職してるんだから。

で、こういう疑問を呈すると決まって返ってくるのが「その時はそういう状況じゃなかったんだよ」。
これはね、今も変わらない組織の九相図さ。高槻市の「私立受けちゃダメ作戦」も、東電の福一も、懐風館も。
組織が隘路にはまっていくのは、自分たちの理屈しか見えなくなるからだ。
たとえば戦前の日本なら「皇軍」「國體」「現人神」、こうした自分たちにしか通用しないルール・論拠で自分たちを縛り上げてしまったから、どんどん組織が思考停止していった。

俺が自由に拘る理由の一つはここさ。
「「皇軍」だろうと「國體」だろうと「現人神」だろうと、ことは戦争なんだから、そいつはひとまずわきへどけて、戦況を検証しようぜ」。
もし当時の日本の中枢部が自由にものを考えられて自由に発言できたならば、(それでも戦争には勝てなかったろうし、戦争を阻止することもできなかったろうが)少なくともあんな馬鹿げたことにはならなかっただろうよ。

自由なんて面倒くさいシロモノだ。誰かの言う通りやっている方がずっと楽だ。
でもいろいろなことを疑いながら、「本当はこうなんじゃないか」と考えていくことは個人的には悦楽だし、社会的には大いなるセーフティネットなんじゃないか。
但し、他から「自由にものを考えろ、自由に発言しろ」と言われたところで、こんなもの誰も実践しない。あくまで個人的に掴む(獲得する)しかないのが、まあ、難しいところでね。

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コメント

そうですね。では今度冷し珈琲でも…

…な!?、なーーっ(驚
皆さん引いているではないですか(笑

思考停止…していたのかも、私も。
でも気づいた時から、気づいた人から変わっていければといいなと思います。

No title

 「オウムの事件で思い出したこと」

 組織の命令で、人を殺すだろうか?
と 時々 自問自答します。
 なんかの拍子に私がオウムのような組織に入った。
 上から「毒薬を巻いて人を殺してこい」と言われたとする。「敵」ではなく「一般人」だ。 私は抗えるだろうか?

 殺人がオーバーなら、不正でもいい。
 しかもその不正が、のちに重大事故につながりかねない不正の時・・・ 私はどうするだろう?

 時々、ひどい冤罪事件が報道されることがあります。 こう言う事件って、警察 検察 裁判官 誰かは「冤罪かもしれない」って必ず思ったはず。でも 組織の論理か、何かの力学で人を有罪にしてしまう。私は「冤罪の可能性があります」と声を出せるだろうか?

※なんでこんなことを書きたくなったか?
 ちょっとまだまとまっていないですが、校則について考えているんです。

校則について

 私は次男のために「自由な学校」を探している。

 掲示板ってのは 時々 有益な意見を見ることができる。それがいい点だ。私は自分の意見に自信がない、というかはっきりとした意見を持っていないので、いろんな意見に考えさせられる。

 「有益」というのは、「自分が考えもしなかった」意見ということも一つある。

************
秀英は、下のように、規則はあるのに、見られてなければ違反してもいいという考え方が、生徒にも保護者にも蔓延しているんですね。
気になっていた学校だっただけに残念です。
バレなきゃやっても良いとは
本当は、大人になるために最もやってはいけない事なのに。
厳しいなら厳しいでいい
破るための校則なら無い方がいい
どちらかの学校がいいです。
******************
(*の間は抜粋)

 これは驚いた。考えたこともなかった。バレなきゃいいというのは「大人になるためにやってはいけないこと」という。

 ふむ。

 それからもう一つ
****************
基本的に自由度は偏差値と比例しています。
それから、秀英に届かないなら今はまだそのときでないのかも。
高校受験のほうが良い学校に行ける可能性はないのですか。
*************

 偏差値と自由度というのは JGさんのブログでもなんども書き込みがあった。私も書いた。直感的には理解できる。しかし「今はその時ではない」というのはどういうことだろう・・・
 

 この二つの書き込みが昨日から 体にまとわりついて離れない。何かがしっくりこない、が、自分の中で明確な論理を作り出すことができないでいるのだ。

※一般論ではなく、自分の息子のこととして考えているから難しい。
 例えば、「エリートは自由でいいんだよ。作戦を考え、規則を作る側なんだから。頭の悪い奴は兵隊なんだから考えなくていい。規則通りに動いてくれればいい」  という意見もあるだろう。 実際 社会が求めるのはそういうことかもしれない。
 
 しかし一般論ではなく 次男をどう育てるか、という問題だ。

Re: 校則について


> ************
(前略)
> バレなきゃやっても良いとは
> 本当は、大人になるために最もやってはいけない事なのに。
> 厳しいなら厳しいでいい
> 破るための校則なら無い方がいい
(後略)
> ******************

なるほどねえ。
ルールというのは、時に破られた後に真実の姿を顕すんだがな。

>  ふむ。

前にも書きましたが、ハルビンカフェさんのこの感嘆詞の使い方はもほや職人芸ですね。
単なる余韻ではなく、神々のため息のような艶っぽさがあります。余白の芸術ですな。

No title

 まあ 大きな意味で自由って難しいですが、
学校の話をすれば、単純に 「自由な学校ほど愛校心が育つ」と私は思うのですが、どうなんでしょうね。
 鬼嫁は学校選択の条件として「自由」にそれほど重きを置いていないようで意見が対立する。


「いや、厳しい学校だったけどいい思い出だ」
「自由と愛校心は別」
という意見もあるかもしれませんが・・・

No title

アホ息子長男が 合宿に行く、というのでちょっと注意した。
「くれぐれも法律に違反することはするな 大好きな市川を退学になるかもしれないぞ」
(自分のことは棚に上げ・・・)

 その後、息子二人の会話
次男「もし市川退学になったらどうする?」
長男「仕方ないから地元中学行く。そして高校で市川受験して入る」

!!  オラ、ちょっと感動して泣けた。そんだけ学校を愛せたら 幸せだ。

 そういえばオラの高校でも「卒業したらもう一回入学したい」と言っていた輩がいた。

 本人がそう思える学校に行けたら、まずは受験は成功だろう。
大学進学実績なんてその後だ(ちょっと負け惜しみ入ってます)

愛校心と愛国心と好きな女の子

何度かハルビンカフェさんが「愛校心」のことを書いているので。俺も少しばかり。

学校が愛校心を育てようと思ったら、「愛校心」だとか「学校を愛そう」なんて言わないのが近道だと思います。
中には「我が校には愛校心を育てる幾つものメソッドが~~」なんていう校長さんがいらっしゃいますが、そういう学校では愛校心はまず育たないだろうと。
あるいはそこで育つ愛校心とは、テストの解答用紙に書きこめるような愛校心だろうと思います。

愛国心も同じで、お上が育てようとすると、どうしてもいびつになります。

女の子に好きになってもらおうとするなら、「俺のこと好きになりなよ」とか「僕を好きになったらいいことあるよ」なんて言ってはダメなわけでしょう。(そうだよね?!雨後さん?!)
長い時間をかけてその子に誠実に接していかなければ、「好き」どころか「愛」なんて土台無理な話です。

No title

えー私、いいなと思っている人に
「俺のこと好きになりなよ」って言われたら、ぐっときてしまうかも(笑
でもこれは要注意ですね。誠実さや、思いやりがやっぱり大事です。

それに同じセリフでも言う人によるところもあります。
ジャナ天さんが言うのとJJさんが言うのとでは違うのではないでしょうか。
(あーJJさんごめん!でも自己申告されているから大丈夫ですよね…)

ハルビンカフェさんの息子さんは、良い友達に囲まれているんですよ。きっと。それが学校生活が楽しい充実している、学校が好き、に繋がっているんだと思います。

西班牙亭では不思議なことが起きる

女の武器とはよくいったものだ。
クロエの透明な残り香の中で冷やし珈琲をすすると、溶けた氷の味がした。俺は勘定書きを持って立ち上がろうとしたが、一足早く別の隅に座っていた痩身の男がレジに歩きかけたので、座り直した。
黒のタンクトップにレザーのパンツ、薄くのばした顎髭。髪を後ろで束ねているところから、ことによるとデザイナーかもしれない。
男が店を出て行くのを背中で感じながら、今聞いた言葉をもう一度宙に浮かせた。

> えー私、いいなと思っている人に
> 「俺のこと好きになりなよ」って言われたら、ぐっときてしまうかも(笑

この「自白」に苦笑いをしたが、それは言った相手ではなく、柄にもなく誠実などという言葉を使った自分に耐えきれなくなったからだ。
スマホが震える。見知らぬ相手からのラインだった。麺とつけ汁が別々になったアイコンだ。

「うまいこと雨後さんにあしらわれたな」

思わず立ち上がり窓の外を見る。灼熱の渋谷の坂を思い思いに人々が流れていくが、あの痩身のタンクトップは見当たらない。俺の近くにいたたぬきのような顔をした女が驚いたように俺を見ていたので、少し頭を下げてレジに向かった。
西班牙亭では不思議なことが起きる。幽霊なんかよりずっと不思議なことが。

なんの脈絡もないのですが、国家と国民の関係、学校と生徒の関係の話になると、いつもどういうわけかケネディの大統領就任演説を思い出します。

「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」

ついつい学校に対しては「ああしてほしい、こうしてほしい」といろいろ求めがちになるけれど(そしてそれも一定程度は理解できるけれど)、学校と生徒の関係は、単なる「サービス提供者」と「対価支払者」の関係ではなく、生徒自身のありようや振る舞いも、学校を体現するものだと思っています(生徒は、単なる受益者にとどまるのでなく、学校の価値を高める要素でもある)。自分が在学中はそんなことは考えずに漫然と毎日を過ごし、そして今も目の前の仕事にあくせくして日々を過ごしていますが。。。

生徒さんが学校のことが大好きというのであれば、それだけでその学校の魅力が伝わってきます。

余談ですが、私の知る数少ない市川出身者は、たまたまかもしれませんが、みな男にモテる(あっちの意味ではない)。他者を見つめる目に冷静さと深い情がバランスよく共存していると感じる。彼らは技術者や医師として大活躍している。

No title

>「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」

えっこれってケネディ大統領の言葉だったのですか。私ずっと昔に働いていた会社の社風がこの言葉でした。「あなたの国」の所に社名が入るのですが。
社長が、ケネディ大統領のこの言葉に感銘を受けていたのでしょうか。いやびっくりしました。

雨後さんの元会社の社是を、ケネディがパクったのかも。ふふ。

No title

>私の知る数少ない市川出身者は、たまたまかもしれませんが、みな男にモテる

ありがとうございます。

なんでしょうね。どんなことでも市川が褒められると嬉しい。 親なんて単純なもんです。

市川出身の社長

俺の知っているおそらく唯一の市川出身者は、会社の経営をしています。
100万かせいだら110万使う、というのが彼の人生訓です。
彼のすごいところは自分の消費には無関心で、ことごとく会社に使うところです。
特に社員に使っています。
いつも何人かの育休や産休の社員がいますが、それで回るように社員数を維持しています。

社員のためにももう少し内部留保を考えた方がいいとアドバイスしていますが、なかなか治らないものです。

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ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

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