FC2ブログ

記事一覧

手をつないでゴールすることの何が問題なのか?

ちょっと前の話だが、悪平等を語る上での具体例として、「運動会の徒競走でゴール前で止まってみんなが手をつないでゴールする」というのが挙げられていた。
想像してみると、何やらシュールな感じがするな。もはやこれは駆けっこではなく、前衛的なパフォーマンスのような気すらする。

何でそんな話をしているかと言えば、先日友人と酒を飲んでいるときに、「そういやあれって本当かな」と気になったものをあげながら、その真偽をネットで検証しようということになったからだ。
で、いろいろなことを調べてみた。
・岡田斗司夫は痩せた後でリバウンドしたのか?
・西條八十「トミノの地獄」を朗読すると、呪われて死んでしまうのか?
・ペットボトルキャップの回収がワクチンになるのか?
・目薬の入った酒を飲むと酩酊するのか?

まあ、暇な人は調べてみてください。
で、話を戻しますよ。

手をつないでみんなでゴールするというのは、どうも都市伝説らしいね。
いろいろと読んでみると、どうも政治的に右派の方々が「こんな悪平等は許せない!」と言うために使われてきた歴史がある。
まあ、これはわかる。ある種の右派の方は利益の再分配にヒステリックである。今も昔も。
「悪平等」というレッテルを貼りたくて持ち出すには、手をつないでみんなでゴールというのは格好の話題だ。
(裏を取らずに騒ぐところも、このタイプの方の十八番だ。まあこれに関しては左派もそうかな)

さて本題になるが、手をつないでゴールすることの何が問題なのだろうか?
ネットで見た限り、勝ち負けがはっきりしないことが問題だという人が多かったが、実際にやってみれば「勝ち負けがはっきりしない」なんてことはない。
たとえば100m走ならば、70m程度のところで減速して90m辺りでみんなが勢ぞろいして、最後の数メートルを手をつないでゴールという段取りになると思う。
つまり70m時点で勝ち負けがはっきりするのだ。

いや100mじゃなきゃダメだ、というのなら、地区の体育大会を観戦に行けばいい。学校の運動会にそんな厳密なものを求めるなよ。
誰が1位で誰が2位なのか旗がないから、足の速い子が可哀そうだ、という意見もあった。
しかし当事者は自分が勝ったのか負けたのか、わからないわけがない。もしわからないぐらいの接戦だったなら、それはドローなのだ。そのドローを適当な目で勝手に判断されて「君は1位、あなたは2位」と言われるよりも、当事者の感覚で勝ち負けを下した方が「正解」に近い。
本当にプライドをかけて走っているなら、他人の渡す旗の色なんて邪魔なだけだ。
というか、学校の運動会にそんな厳密なものを求めるなよ。(本日2回目)

たかが学校の運動会だぞ。レクリェーションの延長じゃないか。頑張って、怪我せず、楽しんだ奴の「勝ち」だ。
「手をつないでゴールだとぉ!」と、こんなことでいきり立っている方々は、選手入場で子供たちの手足が揃ってないことにも沸騰するのかな。、
紅白歌合戦でどっちが勝つか真剣に考えている奴ぐらい、のんきな世界だ。

ちなみに「手をつないでゴール」で動画検索したら、高校生カップルが手をつないで下校する動画にぶち当たった。
リア充めが。

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験情報へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



コメント

平等でも悪平等でもないなら

手なんかつながずにゴールすりゃいいじゃん、と言われれば、全くその通りだと思う。
しかしその反面で、そうした前衛的なパフォーマンスを一度見たかった気もする。
どこかでやらないかな?

No title

>学校の運動会にそんな厳密なものを求めるなよ

小学校の運動会・・・・

○障害物競走・・ 紙を選ぶと「課題」が書いてあって それをこなしてから走る。ところが課題に要する時間が違いすぎて、「走ることに意味はなく単なるくじ引き」になっている。

→足の遅い人に1位ゴールの快感を味わってもらう教育効果があるのかも?

○変則種目(例えば背中にボールを挟んで走るとか)は「小狡い奴」がいてルールを破って走る。でも失格にはならず、「やったもん勝ち」になる

→まあ 世間はそんなもんかもしれない。

しかし、驚くのはあれだけのイベントをほとんど時間の狂いなく行う手際の良さだ。

 もうすぐ次男の運動会。肉離れが完治していない、というのを親子競技を欠席する言い訳にしようと思っている。

さて、運動会とは違いますが、私が納得いかないのは 「さるかに合戦」の改変。
みんな仲直りして終わる、というラスト。

親戚から譲り受けた絵本一式にそういう絵本があって、「噂には聞いていたけど本当なんだ」と驚いた。

 それを譲ってくれた家の子にさるかに合戦のあらすじを聞くと 本当に「最後仲直りする」と言った。

仲直りって、死んじゃったカニのお母さんの立場は?

No title

あ、改変されたさるかに合戦では、カニのお母さんはハサミが折れるという重傷を負うのですが命は助かります。

 最後 関学のQBも日大のDLも内田監督もみんな仲良く暮らしていくのです。

No title

昔話のラストの改変は、某米系エンターテインメント会社によるものがはしりだと思います(ロングさんのブログに迷惑がかからないよう、特に名は伏せます)
悪い魔女や継母も、最後は改心して仲直り。世の中、本当に悪い人なんていないんだ。全てそういうハッピーエンドになっています。
映画は所詮エンターテインメントなのだという立場なら、客が求めるものを作るのがビジネス的には正しいでしょうから、自分に毒リンゴを食べさせた継母を白雪姫がどう思っていようが、”みんなはハッピーエンドを望んでいるんだよ。お前が我慢しろ。どうしても我慢できなくて復讐するなら、この話はお蔵入りだ!”とプロデューサーに脅されて、白雪姫は渋々笑顔を見せるが、心の中の復讐の炎が消えたわけではない。

こういう風に考えると、無理矢理ハッピーエンドにする方が、むしろブラックですね。

バッドエンドもハッピーエンドも人は欲しがる

> こういう風に考えると、無理矢理ハッピーエンドにする方が、むしろブラックですね。

人間の本性なんてあまり変わりがなくてね、そうしたバッドエンドをハッピーエンドに変えてみたところで、バッドエンドを欲しがる気持ちはどこかに潜み続ける。
幸せな虚構に囲まれても、ネットでは死体の映像が出回る。そこに需要があるから。

以前都内某駅にて、たくさんの人がスマホで写真を撮っているからなんだと思ったら、飛び込み自殺があって、われ先に轢死体を撮影しているところだった。

ディレンマ

人間は、群れないと生きていけない生き物である一方で、集団の中で相対的に優位に立たないと自分の遺伝子を残せない。
結果として、”集団の構成員にいい顔しながら”、”他者の足を引っ張る”という行動様式を身につけてしまったのだと思います。
つまり、周囲に対しては、自分は平和主義者だという顔をしながら(ハッピーエンドの物語を賞賛したり)、実は本能的に競争相手を攻撃したり、その脱落を喜んだりするという二面性を持つに至りました。
昔話は、元々は大衆の後者のニーズに応えたものだったのでしょうね。それがあまりにあからさまだと気が引けるので、典型的な悪役を物語に登場させて、それが最後は破滅的な最期を迎える様子にカタルシスを感じるという筋書きが定番化したのでしょう。
それらがハッピーエンドに書き換えられてもエンターテインメントとして成り立っているということは、世の中満たされてきたということなのでしょうか?あるいは、大衆が幼稚化したといことでしょうか。

No title

なるほど。
「運動会で一緒にゴール」の思想と「昔話の改変」は 全く別問題なんですね。 私はなんとなく延長線上の話かと思っていました。

No title

>リア充めが。

 鬼嫁がラインをチェックしていて、「なんだ こいつ」とかのたもうた。  アホ息子が特定の女子と2人のラインを作っているらしい
「今 図書館で勉強中」とかそんなラインだ。
はははは。  
鬼嫁がかなりカチンときているようだ。

しかしなあ ちょっと早すぎないかい?
毛も生えとらんくせに。  ま。ええけど。

※真面目に言えば辛い受験勉強の反動でしょうか?
  まあ 6年間 は長いので、注意してほしいもんです。 女は怖いぞ。 きっと。

No title

運動会での「手つなぎゴール」というのは、日教組が強い地域でよく見られたと言われていたように記憶していますが、真偽のほどは定かではありません。
生徒だけでなく保護者も見ている前で、足の遅い子はみんなから遅れてゴールするのがかわいそうだという話を聞いたときは、そこまで児童を甘やかすのかと呆れました。
学校で集団生活をする意義の一つに、自分と他者との違いを認識する、ということがあると思っています。足が遅い子は、運動会の徒競走は憂鬱なことでしょう。でもそれも成長の過程で必要なことだと思います。運動会でやらなくても、普段の授業で自分の足の速さは分かるじゃないか?と思われる方もいるでしょう。でも、「恥ずかしい思いをする」「悔しい思いをする」ということも、子供の成長に必要なことだと思います。

No title

先日、小学生の子供の運動会に行ってきました。
もちろん目玉はかけっこ、負けて悔しくて泣く子もいたし、名物ママの「おーい、たけしぃ(子供の名前)、抜かせぇー」も聞けました。
紅白どちらが勝つか・・・錦織のテニスの試合よりも大事な勝敗だと思って応援している児童も多かったと思います。
ということで、運動会を見ながらこのブログを思い出し、「ひのき坂さん派の自分」を感じました。

No title

ななしさん。「ひのき坂さん派の自分」なんて言われると照れますが、子どもに厳しい事を言うのは、今時は流行らないようですよ。
私も普段は他人には言いたいことは我慢して、ニコニコ笑っております。

No title

ひのき坂様:

コメントありがとうございます。
「子供に厳しいこと言う」よりは、「あたりまえの事実はあたりまえに認めたら」と思っただけなんです。

・オレ足が遅いくていつもビリだから悔しい・・・
・自分の子供は可愛いから大声で応援しちゃう・・・
・あいつはイケメンで足が速いから勉強なんかくらしても無駄(これはJJさんネタなので無視してください)


「お前は俺の子じゃない」という話でもないし、事実を隠す必要もない話かなぁと思いましたが、私のピントがズレてるだけかもしれません。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ジャーナル・ギャップ

Author:ジャーナル・ギャップ
酒と野球とミステリーをこよなく愛するが、なんの因果か中学受験についていろいろ書いていくことに。

最新コメント

最新コメント